第11章 昼と夜が同じ長さの日
春の風が川面を渡り、畑の若葉を揺らしていた。夜明け前、小丘に集まった村人たちは息をひそめ、東の地平線を見つめていた。杭の列、その真ん中の杭の先に、赤い光がにじみ始める。
ケムが目を凝らして叫んだ。
「真ん中から出た! 本当に真東だ!」
太陽は杭の真上から、まっすぐ昇り始めた。人々の頬を光が照らし、村全体が新しい秩序に包まれるようだった。
昼、子どもたちは影を追って広場を駆け回った。午前も午後も、影の長さはゆっくり変わっていく。夕暮れ時、太陽は再び杭の反対側――真西へと沈んでいった。
メリトが驚きの声を上げた。
「朝も真ん中、夕暮れも真ん中! 太陽は一日中、まっすぐに道を進んだんだ!」
ケムがはっと気づき、星空を仰いだ。
「ねえ、今日は夜も短くなかった? 昨日よりずっと早く明るくなったし、暗くなるのも遅かった」
農夫アフが笑った。
「わしも感じたぞ。昼が長くなってきて、夜が短くなってきた。だが今日は……昼と夜が同じくらいだった」
老祭司パネシがゆっくり頷いた。
「それが“均衡の日”だ。昼と夜が等しく、太陽が真東から昇り、真西へ沈む日。この日を春分と呼ぶ」
メリトが目を輝かせて尋ねる。
「じゃあ、また同じ日が来るの?」
「そうだ」パネシは深い声で答えた。
「秋にも同じ日がある。太陽は二度、均衡の道を通る。その時、我らの暦は半分を過ぎ、また半分を始めるのだ」
焚き火を囲んだ夜、人々は昼間の出来事を語り合った。
ケムが熱を込めて言う。
「昼と夜が同じなんて、不思議だ! まるで神々が秤にかけて、釣り合いを取ってるみたいだ!」
メリトも頷き、両手を広げた。
「昼と夜が同じなら、人と人も争わずに釣り合えるはずだよ。これこそ神々が示した“秩序”なんだ」
アフが笑みを浮かべながら言った。
「均衡の日に種をまけば、きっと豊かな収穫があるだろうな」
パネシは火の揺らめきを見つめ、弟子たちに静かに語った。
「この均衡の日は、ただ暦を分けるためだけではない。これは天地の調和の証。神々は昼と夜を等しくし、人に秩序を思い出させるのだ」
ケムが真剣な声で言った。
「じゃあ、この日を忘れちゃいけないね。杭も線も、大切に守らなきゃ」
パネシは頷いた。
「そうだ。真東と真西の線を守ることは、神々との約束を守ることだ。お前たちが次の代に語り継ぐのだ」
その夜更け、星々が頭上に広がった。北極の星が揺るぎなく輝き、東からは新しい星座が昇ってきた。メリトが空を指差した。
「見て! 星も季節ごとに変わる!」
パネシは目を細めて言った。
「昼夜の均衡の日に、星々もまた入れ替わる。天も地も一つの秩序に従っているのだ」
翌朝、再び太陽は真東の杭の上に昇った。村人たちはその光を浴び、胸に手を当てた。
ケムとメリトは顔を見合わせ、声をそろえた。
「太陽は均衡を示した! これが春分なんだ!」
パネシは満足げに目を閉じ、ゆっくりと答えた。
「よく覚えよ。この日を知る者は、暦を知り、宇宙の秩序を知る者となるのだ」
均衡の日。昼と夜が釣り合い、村人の心もまた静かに調和していた。