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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1852/2290

第9章 太陽が戻る日



 冬の冷たい風が村を吹き抜け、川辺の葦を震わせていた。夜明け前、小丘の杭の列には霜が降り、地面は硬く凍っている。子どもたちは息を白くしながら、老祭司パネシと建築師ホルの背後に立った。


 ケムが震える声で言う。

「ずっと南に寄ってきたけど……昨日と今日、太陽は同じところから昇ったように見えた」


 ホルが大きな手で杭を押さえながら頷いた。

「そうだ。三日間、ほとんど動いていない。まるで立ち止まったかのようだ」


 パネシは川の彼方を見据え、低く呟いた。

「これ以上南へは行かぬ。ここが太陽の道の果て……“冬至”だ」


 メリトが目を輝かせて尋ねた。

「じゃあ、これからは北へ戻るの?」


 パネシはゆっくり頷いた。

「そうだ。明日からは少しずつ北寄りから昇る。太陽は引き返すのだ。だからこの日を“戻りの日”と呼ぶ」


 子どもたちは一斉に歓声を上げた。ケムは杭の間を駆けながら叫んだ。

「太陽は旅をしてるんだ! 一番南まで来て、ここから戻るんだ!」


 昼が近づき、畑の農夫アフも観測に加わった。

「冬至か……これを知れば、寒さの極みが過ぎたことが分かる。あと少しで日が長くなり、種まきの準備に入れる」


 メリトは影を見ながら言った。

「じゃあ夏にも、北の端で立ち止まる日があるんだね」


 ホルが頷く。

「その日が“夏至”だ。太陽は最も北から昇り、最も高く昇る。神殿を建てるなら、その日を基準にすべきだろう」


 パネシは子どもたちを見渡し、声を強めた。

「覚えておけ。太陽の旅には二つの折り返しがある。夏至と冬至だ。この二つが一年の柱となる」


 ケムが真剣な顔で尋ねる。

「じゃあ、一年って太陽の旅なんだね?」


 パネシはゆっくりと地面に円を描いた。

「その通りだ。太陽は東から昇り、西へ沈み、一年をかけて北と南を往復する。その道をなぞれば、“年”が見えてくる」


 夕暮れ、赤い光が西の杭を照らした。村人たちは寒さを忘れ、太陽が沈むのを見守った。


 アフがぽつりと呟いた。

「この日を境に、夜が短くなる……神々が我らに与えた救いだ」


 パネシはその言葉にうなずき、両手を広げた。

「太陽が戻る日――それは闇に打ち勝つ日。人の心に希望をもたらす日だ」


 メリトは静かに手を合わせた。

「太陽は死なない。必ず戻ってくるんだね」


 その夜、焚き火の周りで人々は歌った。太鼓の音が響き、子どもたちは影の踊りを追いかけた。

ケムが笑顔で叫ぶ。

「明日からまた北へ! 太陽の旅は続く!」


 パネシは炎を見つめながら、未来の弟子たちに告げた。

「夏至と冬至、この二つを刻むことこそ、人が暦を持つ第一歩だ。やがてこの知恵は、神殿を立てる者、川を測る者、星を追う者に受け継がれていく」


 太陽の戻る日。人々はその現象を単なる光の揺らぎではなく、天地の秩序の証として心に刻んだのであった。


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