第9章 太陽が戻る日
冬の冷たい風が村を吹き抜け、川辺の葦を震わせていた。夜明け前、小丘の杭の列には霜が降り、地面は硬く凍っている。子どもたちは息を白くしながら、老祭司パネシと建築師ホルの背後に立った。
ケムが震える声で言う。
「ずっと南に寄ってきたけど……昨日と今日、太陽は同じところから昇ったように見えた」
ホルが大きな手で杭を押さえながら頷いた。
「そうだ。三日間、ほとんど動いていない。まるで立ち止まったかのようだ」
パネシは川の彼方を見据え、低く呟いた。
「これ以上南へは行かぬ。ここが太陽の道の果て……“冬至”だ」
メリトが目を輝かせて尋ねた。
「じゃあ、これからは北へ戻るの?」
パネシはゆっくり頷いた。
「そうだ。明日からは少しずつ北寄りから昇る。太陽は引き返すのだ。だからこの日を“戻りの日”と呼ぶ」
子どもたちは一斉に歓声を上げた。ケムは杭の間を駆けながら叫んだ。
「太陽は旅をしてるんだ! 一番南まで来て、ここから戻るんだ!」
昼が近づき、畑の農夫アフも観測に加わった。
「冬至か……これを知れば、寒さの極みが過ぎたことが分かる。あと少しで日が長くなり、種まきの準備に入れる」
メリトは影を見ながら言った。
「じゃあ夏にも、北の端で立ち止まる日があるんだね」
ホルが頷く。
「その日が“夏至”だ。太陽は最も北から昇り、最も高く昇る。神殿を建てるなら、その日を基準にすべきだろう」
パネシは子どもたちを見渡し、声を強めた。
「覚えておけ。太陽の旅には二つの折り返しがある。夏至と冬至だ。この二つが一年の柱となる」
ケムが真剣な顔で尋ねる。
「じゃあ、一年って太陽の旅なんだね?」
パネシはゆっくりと地面に円を描いた。
「その通りだ。太陽は東から昇り、西へ沈み、一年をかけて北と南を往復する。その道をなぞれば、“年”が見えてくる」
夕暮れ、赤い光が西の杭を照らした。村人たちは寒さを忘れ、太陽が沈むのを見守った。
アフがぽつりと呟いた。
「この日を境に、夜が短くなる……神々が我らに与えた救いだ」
パネシはその言葉にうなずき、両手を広げた。
「太陽が戻る日――それは闇に打ち勝つ日。人の心に希望をもたらす日だ」
メリトは静かに手を合わせた。
「太陽は死なない。必ず戻ってくるんだね」
その夜、焚き火の周りで人々は歌った。太鼓の音が響き、子どもたちは影の踊りを追いかけた。
ケムが笑顔で叫ぶ。
「明日からまた北へ! 太陽の旅は続く!」
パネシは炎を見つめながら、未来の弟子たちに告げた。
「夏至と冬至、この二つを刻むことこそ、人が暦を持つ第一歩だ。やがてこの知恵は、神殿を立てる者、川を測る者、星を追う者に受け継がれていく」
太陽の戻る日。人々はその現象を単なる光の揺らぎではなく、天地の秩序の証として心に刻んだのであった。