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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1851/2200

第8章 太陽の道は揺れている



 ナイルの川面に風が渡り、葦がざわめく。麦畑の刈り入れが終わり、人々は小丘の上に再び集まっていた。棒杭が何本も並び、東の地平線に向かって一直線に並んでいる。老祭司パネシと建築師ホルが、子どもたちを呼び寄せた。


「よいか、子らよ。今日は大事なことを見せよう」

パネシの声に、ケムとメリトは身を乗り出した。


 ホルが指で杭を示した。

「ここが春に太陽が昇った場所。ここが夏の盛り。そして、こっちが今――冬に近づく太陽の昇る場所だ」


 杭と杭の間は驚くほど広がっていた。子どもたちは目を丸くした。


「こんなに違うのか!」ケムが叫ぶ。

メリトも息を呑む。

「毎日同じに見えていたけど……少しずつ動いていたんだね」


 パネシは頷き、足で地面に弧を描いた。

「太陽は東の一点から昇るのではない。一年を通して、この地平線の端から端までを往復するのだ」


 ケムが首をかしげる。

「じゃあ、太陽は道を歩いてるみたいに、毎日少しずつ場所を変えてるんだね」


「その通りだ」パネシはにこやかに答えた。

「夏には北寄りの東から、冬には南寄りの東から昇る。そして、また北へ戻る。この繰り返しが一年を作っている」


 農夫アフが口を挟む。

「わしらはその変化を肌で感じておる。夏の暑さ、冬の冷え込み、畑の成長……すべて太陽の道と共にある。だからこそ、正しく見定めることが必要なのだ」


 ホルは杭を両手で測りながら言った。

「この両端が、夏至と冬至の太陽の昇る位置だ。これ以上は動かぬ。ここが太陽の道の果てだ」


 メリトが小さく呟いた。

「じゃあ、太陽は揺れている……空を行き来するように」


 パネシは深く頷いた。

「そうだ。太陽の道の“揺れ”を知ること、それが暦を作る第一歩だ」


 ケムが好奇心に駆られて問う。

「でも、どうして太陽は動くの? 毎日同じところから出ればいいのに」


 村人たちの間にざわめきが走る。パネシはしばし黙し、やがて答えた。

「それは神々の秘密かもしれぬ。だが人の務めは、理由を解き明かすことではなく、変化を見逃さずに記録することだ。変化を知れば、川の氾濫も、作物の時も、神々の祭りも予見できる」


 その晩、東の空に月が昇った。杭の並びの先に光を浴び、子どもたちは息を呑んだ。

「月も太陽と同じように揺れているの?」メリトが尋ねる。

「月はもっと速く移ろう。だが今日学んだことと同じだ。天のものは皆、秩序を持ち、その秩序は観測すれば必ず姿を現す」パネシはそう語った。


 翌朝、子どもたちは自分たちの小さな杭を打ち、太陽の昇る位置を印した。ケムは夢中で縄を張り、杭と杭の間を測った。

「ほら、昨日より少し南に寄った! 本当に毎日動いてるんだ!」


 メリトも歓声をあげる。

「これを続ければ、一年の太陽の旅が全部分かるんだね!」


 パネシは微笑んだ。

「お前たちはすでに“星見人”だ。人は観測することで、神々の秩序を地上に映し取るのだ」


 夕刻、川辺に戻った村人たちは杭の列を振り返りながら語り合った。

アフは「氾濫の季節を前もって知ることができれば、収穫を逃さぬ」と言い、

ホルは「神殿を立てるなら、太陽の道を基準にせねばならぬ」と答えた。


 パネシは静かに言葉を結んだ。

「東と西を知り、南と北を知り、そして太陽の揺れを知った。我らは大地の上で、初めて“年”という秩序を掴んだのだ」


 子どもたちは頷き、目を輝かせた。杭の列はまるで太陽の旅路を記す道のように、夕闇に伸びていた。


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