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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15

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1848/2713

第5章 太陽はどこから来るのか



 まだ空が青黒く沈んでいる時刻。ナイル川沿いの小さな村に、鳥の声が一つ二つと響きはじめた。子どもたちは眠そうな目をこすりながら、村の外れの小丘に集まった。老祭司パネシが呼んだからだ。


「目を開けておけ。すぐに太陽が昇る」


 パネシは長い杖を突き、川の向こうの地平線を指さした。そこには黒い山影が横たわり、その端がぼんやりと赤く染まりつつある。


 子どもの一人、ケムが首を傾げる。

「ねえ、師よ。太陽はどうして毎日、あの山の同じところから顔を出すの?」


 パネシは目を細め、ゆっくり答える。

「同じに見えるだろう? だがよく見れば少しずつ違う。昨日よりも、今日の太陽はほんのわずかに南寄りから昇る」


 子どもたちは驚いて顔を見合わせた。彼らには毎朝同じに見えていたからだ。


「では、どう呼べばよいの?」別の少女メリトが聞いた。

「我らは、太陽の昇る方を“東”と呼び、沈む方を“西”と呼ぶことにしよう」


 パネシの声は静かだが、確信に満ちていた。


 やがて太陽の上端が赤々と顔を出した。川面がきらめき、村の小屋の屋根を照らしはじめる。子どもたちは思わず息を呑んだ。


「まぶしい!」とケムが叫んで目を覆う。

「これが“東”か……」メリトは呟いた。


 パネシは微笑んだ。

「そうだ。そして、今夜、太陽は反対の地平に沈む。そこを“西”と呼ぶのだ。人は生まれて東から現れ、死して西へと去る。太陽はその道を毎日たどっている」


 子どもたちは神妙に頷いたが、すぐにまた好奇心をぶつけてきた。

「じゃあ、太陽は夜のあいだどこへ行ってるの? 川の底に沈んで、また出てくるの?」


 パネシは笑い、頭を振った。

「それは神秘のことだ。だが確かなのは、太陽は必ず“東”から戻ってくるということだ」


 日が昇るにつれ、村の大人たちも畑に出てきた。農夫のアフが声をかける。

「おい祭司さま、今日はどこから昇ったか?」

「昨日よりも少し南だ」

「そうか……ならば季節が変わりつつあるな。そろそろ種まきの準備をせねば」


 子どもたちはその会話を聞き、太陽の出没が生活と深く結びついていることを悟った。


 日が高くなるころ、パネシは子どもたちを再び集めた。

「よいか。太陽の昇る方を“東”、沈む方を“西”と呼んだ。だがこれで終わりではない。東も西も、季節によって少しずつ動いていく。だから我らは“観測”を続けねばならぬ」


 ケムが不思議そうに眉をひそめる。

「毎日見て、何になるの?」


 パネシは杖で地面に線を引いた。

「毎日印をつけてゆけば、太陽がどこから昇り、どこに沈むか、その“道”が見えてくる。やがて、年ごとの大きな流れが分かるだろう」


 メリトが小さく声をあげた。

「太陽はただの光じゃない……暦の道しるべなんだ!」


 パネシは満足げに頷いた。

「その通り。太陽の道を知れば、我らは氾濫の季節を予測できる。種まきの時も、収穫の時も、すべて太陽が教えてくれる」


 その日の夕暮れ。子どもたちは丘に戻り、沈む太陽を見送った。赤い光は地平に溶け、夜の闇が静かに広がっていく。


「西だ……太陽は沈んだ」ケムが呟く。

「でも、明日また東から戻ってくる」メリトが続ける。


 パネシは夜空を見上げ、まだ淡く輝き始めた星々を指差した。

「よいか、子らよ。太陽だけではない。星々もまた道を示している。いつかお前たちは、東と西だけでなく、南と北も見出すだろう」


 子どもたちは互いに顔を見合わせ、わくわくした気持ちで夜空を見つめた。


 こうして、人々は初めて「東」と「西」という概念を言葉にし、方位を捉えはじめたのであった。


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