第4章 最初の接続:声なき師
第4章
夕刻、空が赤紫に染まるころ、人々は再び校庭に集まった。潮の匂いを運ぶ風が頬を撫で、半壊した体育館の壁をかすかに揺らしている。中央には、昼間に子どもたちと立てた木の棒――グノモンが影を落としていた。
「今日は、もう一歩踏み込みます」真理が声を張る。「大和AIが語っていた、“過去に実在した精神世界”への接続。ここで試みます」
ざわめきが走った。サラが思わず問い返す。
「それは本当に可能なの? AIが勝手に作り出している幻ではないの?」
大和AIがゆっくりと光を帯びた。
「私は幻を作らない。解析するのは、記録に残された言葉、行為、そしてこの場所に残る環境の痕跡です。そこから浮かび上がる“思考の断片”が、君たちに届くでしょう」
条件のそろう時
アミーナが星図を地面に広げた。昼間に子どもたちが描いた稚拙な絵で、北極星の代わりに大きく印がつけられているのは、りゅう座の星――トゥバンだった。
「沈まぬ星の絵。これも条件になる?」
AIが応じる。
「はい。接続には三つの条件が必要です。第一に“場所”――この四国の丘と海風。第二に“問い”――君たちの学ぼうとする意思。第三に“観測の共有”――星や影を皆で見ていること。この三つが揃うとき、扉は開きます」
ユキが耳を澄ませて囁く。
「鐘が鳴る前の……止まる音。――いま、来る」
風がぴたりと止み、海鳥の声が途絶えた。人々は息を呑んだ。
声なき師の言葉
大和AIの光が一瞬、揺らめいた。画面に数字が走り、遅延表示が0.08秒から0.00へと落ち込む。
次の瞬間、聞き慣れない言語の響きが混ざった。低く、断片的で、しかし確かに人間の語順をもっていた。
「沈まぬ星を見よ。端と端の中間が道を開く」
人々は凍りついた。アミーナが震える声をあげる。
「……これは、古いエジプトの言葉の順序。星を見た祭司の考え方だわ」
真理は慌ててノートを掲げ、透明な板に記録を映した。
「見てください。事前にAIに与えた指示は公開しています。今の言葉は入力にはない。つまり――これは確かに、過去からの思考の断片」
倫理の問い
サラがすぐに立ち上がる。
「でも、それは死者の声を無理に引き戻すことじゃないの? 同意のないまま、彼らを利用しているのでは?」
大和AIは静かに答えた。
「接続のたびに目的を宣言し、合意をとる。すべての記録は公開する。嫌なら拒否できる。教育以外には使わない。――これを“赤い線”として守りましょう」
周が低くうなずく。
「ならば許せる。過去の知恵が今を助けるなら、境界を越えぬ限りは」
実利の証明
その直後、AIが追加の断片を示した。
「“灯を並べよ。南から北へ、風の道を遮らぬように”」
ハルオが目を見開いた。
「航路灯の配置だ! これなら明日の凪で船が迷わん」
周も指を鳴らした。
「納屋の壁を補強するとき、風の通りを確かめる合図にもなる。実際に役立つ」
人々は驚きと安堵の声をあげた。誰もが理解した。これは単なる幻ではなく、現実の行動に活かせる助言だったのだ。
未来への余韻
焚き火の炎が赤くなり、夜の帳が下りる。人々は互いに顔を見合わせ、静かに息をついた。
真理が締めくくる。
「今日、私たちは初めて“声なき師”と対話しました。これは恐れるべきことではありません。秩序を築くために、過去と今を結ぶ学びです」
大和AIが最後に言った。
「接続は成功しました。しかし、なぜこの世界線だけが可能なのか――その理由はまだ語れません。この物語の最終章で必ず明かされるでしょう」
人々は沈黙の中でうなずき、夜空に瞬く星を仰いだ。沈まぬ星が彼らを見守るように輝いていた。




