第100章:大統領からの極秘指令
1945年8月6日未明、ウェルズ艦長は、スプルーアンス大将と共に、差し迫る日本の運命について議論を交わしていた。そうりゅうとの予期せぬ交戦、そして未来の同盟国からの警告がもたらした衝撃は、彼らの心に深く刻まれている。しかし、原子爆弾という、彼らですら全貌を知らぬ脅威が、今まさに現実のものとして動き出そうとしていた。
その静寂を打ち破ったのは、厳重な暗号回線を通じて届けられた、一本の極秘通信だった。通信士の顔が、報告を前にして蒼白になる。
「大将!緊急極秘通信です!発信元は…大統領府直通回線!」
スプルーアンス大将の顔が、一瞬にして引き締まった。ウェルズ艦長もまた、固唾を飲んでその報告を待つ。大統領直通の極秘回線が、この未明に鳴るなど、前代未聞の事態だ。
通信士が受信した電文を、震える手でスプルーアンスに手渡す。大将は、その内容に目を通すにつれて、その顔色を次々と変化させていった。彼の表情は、驚愕、そしてある種の冷徹な決意へと変わっていく。
「……ウェルズ艦長」スプルーアンスの声は、普段の冷静さを保ちながらも、微かに高揚していた。「入電だ。テニアン島より、B-29爆撃機が原爆を積載して離陸したとのことだ」。
ウェルズは、その言葉に息を呑んだ。ついに、この時が来たか。そうりゅうや「まや」が警告していた、最悪のシナリオが現実となろうとしている。
スプルーアンス大将は、手にした電文を読み上げた。その声は、艦長室に厳かに響き渡る。
「8月6日、午前12時(日本時間)。広島へ投下予定。」
「同日、午後2時(日本時間)。長崎へ投下予定。」
その言葉は、ウェルズの脳裏に、秋月一等海佐が語った「同時攻撃」の可能性を鮮烈に蘇らせた。史実を上回る、あまりにも無慈悲な計画。しかし、この時代の米軍にとって、それは紛れもない「作戦」だった。
スプルーアンスは、電文から目を離すと、ウェルズに視線を向けた。その瞳は、歴史を動かす者の冷徹な光を宿している。
「まもなく、ダウンフォール作戦は完了する」スプルーアンスは、静かに、しかし確信に満ちた口調で言った。「日本本土への上陸作戦は、この攻撃によって回避されるだろう」。
彼の言葉には、数百万人の米兵の命を救うという、最高司令官としての責任感が滲んでいた。
「沖縄の仇は、これで取ったことになるな」スプルーアンスは、窓の外の沖縄の夜空に目を向けた。未だ爆炎のくすぶるその地は、米軍が払った犠牲の大きさを物語っていた。
「ほぼ間違いなく、日本はこれで無条件降伏を飲むだろう」スプルーアンスは、冷徹な分析を続けた。「これほどの破壊力を目の当たりにすれば、彼らに抵抗の余地は残されない」。
彼は、ウェルズに向き直った。
「この原爆投下は、日米双方にとって、戦争を早期に終わらせるための、最も合理的な方法だ。これ以上、無益な血を流す必要はなくなる。未来から来た貴官にとっては、信じがたいことかもしれないが、これが我々が選択した、そして実行する、戦争終結への道だ」。