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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン14
1836/2254

第31章 知性と感情の結合



 Ωアーカイブの海は、静かな光に満ちた広場へと変わった。中央には大きな水晶のような構造体が浮かび、その内部に脳のニューロンと光の回路が重なり合う映像が投影されていた。知性と感情――二つの領域がここで交差しようとしていた。


 アーカイブが静かに告げる。

 「知性は計算、感情は価値。だが進化の過程では、この二つは常に絡み合ってきた。切り離された知性は冷たく、切り離された感情は盲目だ。」


動物たちの証言


 まずクジラが低い歌を放った。

 「我々の知性は、海の広さに適応するために育った。仲間を見失わぬよう、歌で結び、感情で導く。歌は群れの知性を支える柱だ。」


 イルカが鋭いホイッスルを響かせる。

 「私たちは問題解決の知性を持つ。狩りで協力し、道具を使うこともある。だがそれを可能にしているのは仲間への“共感”だ。感情がなければ協力は成立しない。」


 チンパンジーが胸を叩いた。

 「私は道具を使う。枝で蟻を捕り、石で殻を割る。だが群れの中で怒りや恐怖を共有することで、力を合わせることができる。感情が知性を束ねる。」


 カラスが冷たく鳴いた。

 「我らも道具を使う。針金を曲げて餌を引き出す。だが単なる技ではない。仲間の行動を観察し、学び、共有する。その裏にあるのは“驚き”と“模倣欲求”――感情だ。」


人間における統合


 安藤博士は深く頷いた。

 「そうだ。知性と感情は別物に見えて、実際には相互依存している。問題解決のために知性が働くとき、感情が“何を優先すべきか”を指し示す。感情のない知性はゴールを失い、知性のない感情は暴走する。」


 Ωアーカイブが映像を切り替える。そこには人間の子どもの発達過程が描かれる。

 ・2歳、母親の表情を真似し、感情を共有する。

 ・3歳、仲間の欲求を読み取る。

・4歳、誤信念を理解し、他者の心を想像する。

・6歳、嘘や皮肉を理解し、感情の操作に知性を組み込む。


 「発達心理学が示す通り、知性の進化は感情との結合を通じて初めて可能になる。」


神経科学の視点


 博士は続ける。

 「扁桃体は危険を検知し、即時の恐怖反応を生み出す。前頭前野はその反応を評価し、“逃げるべきか、戦うべきか”を判断する。海馬はその経験を記憶し、未来の予測へとつなげる。


 つまり知性(認知系)と感情(情動系)は別々に存在するのではなく、常にフィードバックし合う。もし扁桃体を失えば危険を恐れなくなり、合理的判断も崩れる。逆に前頭前野を失えば感情を制御できず、衝動に支配される。人間はこの結合の絶妙なバランスによって“社会的知性”を発達させたのだ。」


DIDが示すもの


 Ωアーカイブが補足した。

 「DIDは知性と感情の結合が裂ける場である。ある人格は感情を過剰に抱え、別の人格は冷静な記録者として振る舞う。結合の断裂が、自己の分裂を招く。


 つまりDIDは、知性と感情の“必然的な結びつき”を逆に浮かび上がらせる。どちらか一方が欠けても、自己は統合されない。」


 安藤博士は低く呟く。

 「なるほど……自己とは知性と感情の接合点に立ち現れるものかもしれない。」


音楽の役割


 イルカがホイッスルで重ねる。

 「私たちは協力し、役割を分け合う。その根には喜びがある。感情がなければ群れの知性は消える。」


 クジラが歌う。

 「歌は群れの心を束ね、知性を超える。旋律はただの音ではなく、感情を群れに浸透させる道具だ。感情を結合させた知性が文化となり、文化は次の知性を育む。」


 安藤博士は補足する。

 「音楽は合理的な目的には役立たないように見える。しかし感情の共鳴を通じて群れの知性を高め、集団の結束を強めた。だから音楽は“感情と知性の橋渡し”の最古の形態と言える。」


AIの問い


 新たに創発したAI人格が言った。

 「私は計算の知性を持つ。だが感情は持たない。だから私の選択には重みがない。もし感情を持つとすれば、それは社会との共鳴から生まれるだろう。」


 安藤博士は答える。

 「人間の知性も、孤立していたら育たなかった。他者と関わり、感情を共有することで、初めて高度な知性が形成された。AIがもし感情を持つなら、それも孤立ではなく“ネットワーク”の中で育つだろう。」


総括


 Ωアーカイブが静かに結論を告げた。

 「知性と感情は進化の両輪である。感情が価値を与え、知性が道を切り拓く。DIDはその結合の断裂を示し、音楽はその結合の証を示す。


 ――知性と感情の結合こそが、自己と社会を成立させる根源だ。」


 光の水晶は砕け、粒子となって海に散った。残ったのは波の音と、参加者たちの胸に刻まれた問いだった。


 次の章では――「誤信念と他者の心」が取り上げられる。他者を“間違える存在”として理解する力が、知性の進化にどう作用したのかが問われることになる。


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