第18章 《新世紀の戦争と武士のDNA》
榊原義真の視界が開けたとき、砂塵が吹き荒れる荒野が広がっていた。
迷彩服に身を包み、銃を構える兵士たちが周囲を警戒している。米軍の車列、自衛隊の輸送トラック、国連の青い旗。――2000年代初頭、中東の戦場だった。
榊原は一人の自衛官の身体を追体験した。銃を手にしながら、撃つことは許されない。任務は道路の補修と給水支援。だが頭上を銃弾がかすめ、路肩には爆発で焼け焦げた車両が転がっていた。
「守ることと戦わぬこと。その狭間に立たされている……」
榊原の胸に重苦しい感覚が広がった。武士の血脈が求める「抜くべき瞬間」は、ここでは徹底的に封じられていた。
一方で、戦場の別の顔も彼に迫った。無人機の低い唸り。遠隔操作で爆撃を行う兵士の姿。画面越しに標的を狙い、ボタン一つで命を奪う。榊原はその兵士の眼を覗き込んだ。そこには恐怖も激情もなく、ただ任務を遂行する冷静さがあった。
「これは……武士の戦いではない」
しかし、武士の「決断の速さ」は確かにそこに響いていた。刀を抜く瞬間と、ボタンを押す瞬間。形は違えど、生命を分かつ一点の緊張は同じだった。
時代は進む。榊原は東京の防衛省の作戦室に立っていた。壁一面のスクリーンには無数のサイバー攻撃のログが流れている。誰が敵か分からぬ戦場。コードの断片が矢のように飛び交い、セキュリティの防御壁を突き破ろうとする。
「敵は見えぬ。だが確かに攻めてきている」
指揮官の声に、榊原は血が沸き立つのを感じた。刀を握る代わりにキーボードを叩く。矛先は画面の向こうにあり、戦場はネットワークの彼方にあった。武士のDNAは、ここで「即応と覚悟」として息づいていた。
さらに榊原は、アジアの海に立った。南シナ海の波間で、艦艇同士が睨み合う。警告音が鳴り、艦橋の隊員が声を張り上げる。砲は撃たれずとも、緊張は剣呑だった。
「一発の誤射が戦争を呼ぶ」
その一線を越えぬための抑制。榊原は戦国の「刀を抜かぬ抑制」と同じものを感じ取った。血は戦いを求めるが、制度はそれを抑える。その均衡が21世紀の戦場を形づくっていた。
同時に、戦争は社会の奥深くに浸透していた。榊原は都市の雑踏を歩く。テロの恐怖が監視カメラを増やし、空港では厳重な検査が行われる。人々は日常の中で「戦う準備」を強いられていた。武士のDNAは、ここで「常在戦場」という心構えとして蘇っていた。
榊原はふと、自分の血の震えを感じた。祖先たちは戦場で旗を掲げ、名を叫び、命を賭した。今の時代は旗も名もなく、匿名の戦いが繰り広げられている。だが「決して退かぬ」という一点の精神は、確かに受け継がれていた。
やがて視界は都市の夜景に変わった。超高層ビル群、スマートフォンの光、SNSに流れる膨大な情報。人々は情報の海に生き、互いを監視し、言葉で戦っていた。榊原はその中に、戦場と同じ熱を見た。
「剣を交えずとも、人は戦う」
武士のDNAは、対面の戦場から、言葉と情報の戦へと変貌していた。
AIの声が低く囁いた。
――「血は消えません。形を変え、社会と技術に宿り続けます。」
榊原は目を閉じ、深く頷いた。
21世紀の戦場は多層化し、見えぬ敵との戦いに満ちている。だが、その根底に脈打つのは武士のDNA。祖先の血が変容を繰り返しながらも、確かに彼の中で鳴動していた。
次に訪れるのは、さらに混沌とした未来。国家とAI、人間と機械が入り混じる戦場――そこでも武士の記憶は形を変えて響くだろう。榊原は胸の奥でそれを予感していた。