第99章 高知沖:イージスの眼、死神を捉える
高知沖の夜空は漆黒に染まり、イージス艦「まや」は波間にそのステルス性の艦体を沈めていた。艦橋内は、ディスプレイの冷たい光と、計器が発する微かな電子音だけが響く、張り詰めた静寂に包まれている。艦長である秋月一等海佐は、SPY-6レーダーのメインコンソールに表示される広大な太平洋の空域を、食い入るように見つめていた。広島と長崎、二つの都市の命運が、この艦の、そして自分たちの双肩にかかっている。史実通りの3日間か、それとも歪んだ歴史の同時攻撃か——その答えが、今、示されようとしていた。
その時だった。
「艦長!レーダー、目標を捉えました!」
情報科士官の声が、乾いた空気を切り裂いた。その声には、緊張と、しかし確かな興奮が混じっていた。秋月の心臓が、ドクンと大きく鳴った。遂に来たか。
「目標の機種は?数は?」秋月は、反射的に問い返した。
「機種、B-29と判断!そして…」情報科士官は、次の報告をためらうように、しかし力強く続けた。「目標は、単機です!」
その瞬間、艦橋に微かな、しかし明らかな安堵の空気が流れた。単機。その言葉が、秋月の胸を、そして士官たちの胸を、一瞬にして大きく撫で下ろした。史実通りの1機目。少なくとも、二都市同時攻撃という最悪のシナリオは回避された可能性が高い。長崎を救う望みが繋がったのだ。
「よし!」副長が、小さく、しかし確かな声で言った。「最初の死神だ…」
「艦長、目標は現在、距離250キロメートル。高度は9,500メートルを維持。速度は550キロメートル毎時と推定されます」情報科士官が、冷静にデータを読み上げる。「まだSM-2ミサイルの射程外ですが、この速度と方位であれば、約2時間後には迎撃可能範囲に進入します」。
秋月は、安堵の息を吐きながらも、すぐに表情を引き締めた。単機であっても、原子爆弾を積んだB-29であることに変わりはない。そして、彼らのミサイルは数発しか残されていない。一撃で確実に仕留めなければならない。その集中力は、かつてないほどに高まっていた。
「了解だ」秋月は、落ち着いた声で指示を出した。「目標の追尾を継続しろ。全てのシステムを最高警戒レベルに設定。FCS(射撃指揮装置)とVLS(垂直発射システム)の最終チェックを実施。ミサイル、SM-2ブロックIIIAを装填、スタンバイ。目標が射程に入り次第、ただちに迎撃態勢に移行する。油断するな。我々の使命は、まだ始まったばかりだ」。