表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン14
1819/2200

第14章 《世界大戦と武士の記憶》




 轟音とともに榊原義真の視界が開けた。

 そこは見知らぬ大陸の塹壕だった。雨に濡れ、泥に沈んだ足元。鉄兜をかぶった兵士たちが狭い壕に身を潜め、前線を見据えている。第一次世界大戦――ヨーロッパ戦線。榊原は驚愕した。これは日本の記録ではない。だが、大和のアーカイブは人類史を統合する装置となっていた。武士の血を持つ者として、彼は「世界の戦争」を追体験せねばならなかった。


 榊原の手にはボルトアクション式の小銃が握られていた。泥と油に汚れた銃床、汗に濡れた手袋。前方の無人地帯では砲弾が炸裂し、地面がえぐられている。仲間が笛の合図で塹壕を飛び出す。銃声と砲声が交錯し、無数の命が数分で消えた。

 「これは……武士の合戦ではない」

 榊原の胸に重苦しい衝撃が広がった。ここには一騎打ちも名乗りもなく、ただ機械的に命が刈り取られていく光景があった。


 次の瞬間、場面は変わる。

 榊原は南洋の海上に立っていた。真珠湾攻撃の朝、甲板に整列する日本海軍の航空隊。鉢巻を締めた若い搭乗員たちが、静かに手を合わせる。

 「天皇陛下万歳」

 その声は戦国の「旗の下」と重なった。だが違う。ここでは家ではなく、国家の命が彼らを突き動かしている。榊原は零戦の操縦桿を握り、エンジンの震動を全身で感じた。

 ハワイの空を翔け抜け、米艦隊の上に爆弾を投下する。爆炎が上がり、榊原の胸に歓喜と恐怖が同時に走った。戦国の一撃と似てはいる。だが、ここに名乗りはなかった。ただ「命令」と「忠義」だけが存在していた。


 やがて戦局は逆転する。硫黄島。榊原は洞窟陣地に潜む兵士の視界を追体験した。米軍の艦砲射撃が地を揺らし、天井から砂が降る。兵士たちは黙して耐え、最後の突撃に備える。

 「生きて虜囚の辱めを受けず」

 その言葉が胸を焼いた。かつての武士が「討死」を名誉としたように、ここでも死が忠義の証とされた。だが、その死はもはや家を守るためではない。無機質な国家のために命を捧げること、それが「武士の記憶」の変質だった。


 沖縄戦。榊原は壕に潜む住民の姿も追った。母が子を抱き、兵士と同じ空間で息を潜める。戦場の武士道は、ここでは民を巻き込み、悲劇を生んでいた。榊原の胸に重苦しい痛みが走る。

 「これは武士の誇りではない……」

 血脈が求める忠義は、いつしか無差別の死と混じり合ってしまった。


 最後に、広島。閃光が街を呑み込み、熱が空を裂いた。榊原は目を閉じても閉じても、焼け爛れる皮膚と崩れる街を見た。武士の刀でも鉄砲でもなく、ひとつの爆弾が都市を消し去った。

 その瞬間、彼は悟った。――武士の記憶はここで断たれたのだ。個の忠義も家の誇りも、総力戦と科学兵器の前では意味を失った。


 暗闇の中でAIが囁いた。

 「しかし、記憶は消えません。あなたの血の中に、まだ残っている。」


 榊原は膝をついた。

 戦国で叫ばれた名乗り、鎌倉での奉公、江戸での沈黙、幕末での挫折、そして世界大戦での断絶。すべてが血脈を通じて彼の中に流れていた。

 「武士は死んだ。だが記憶は生きている。」


 やがて視界の彼方に、戦後の瓦礫の街が浮かんだ。敗戦国の中で再び立ち上がる人々。武士の名はもはや存在しない。だが新たな形で記憶は受け継がれる。榊原は次の時代へと歩を進めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ