表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン14
1817/2267

第12章 《明治維新と武士の断絶》




 視界が開けた瞬間、榊原義真はまるで異国に放り込まれたような感覚を覚えた。

 兵士たちが着ているのは甲冑でも裃でもない。西洋式の軍服、肩章に輝く金の飾り、銃剣を付けた小銃。整然とした行進が鼓笛の音と共に進む。――明治維新。武士が消え、近代国家が生まれる時代だ。


 榊原は東京の大通りに立っていた。髷を切った人々、西洋帽を被る学生、洋傘を差す婦人。江戸の面影は消え、文明開化の風が吹き荒れている。武士の象徴であった刀は、人々の腰から姿を消しつつあった。


 記録は「廃藩置県」の場へと彼を導いた。旧藩主が集められ、藩は廃され、県が置かれる。数百年守られた「藩と家」は地図から消え、武士は俸禄を失った。榊原はその瞬間、祖先の胸を突き刺した痛みを共有する。

 「我らの忠義を尽くした主君は消え、我らの地も俸禄も消えるのか……」


 さらに「廃刀令」。榊原は城下の辻に立ち会った。布告を聞いた武士たちは愕然とした。刀を差すことを禁じられる――それは武士であることそのものを否定されるに等しかった。ある士族は腰の刀を外し、空虚な眼で地に置いた。榊原の胸が締め付けられる。戦場で血を浴びてきた刀が、ここではただ「無用の長物」とされていた。


 記録は、没落した士族の暮らしを榊原に追わせた。かつて藩士だった男が、今は商いに失敗し、借財に追われている。妻は内職に追われ、子は学校で「士族」という名をからかわれる。武士の名は誇りではなく、時代に取り残された烙印となっていた。榊原の喉に苦いものが込み上げた。


 そして、西南戦争。

 榊原は熊本の田原坂に立っていた。西郷隆盛を旗頭に立ち上がった旧士族の軍。錦の御旗を掲げる政府軍との衝突。激しい銃撃戦、雨に濡れる泥の坂道。旧士族の兵たちは甲冑ではなく粗末な衣で、銃も乏しい。だが瞳には烈しい決意が宿っていた。

 「武士の魂を取り戻すために!」

 叫びと共に突撃するが、最新式の銃と大砲に打ち砕かれる。榊原はその弾雨を身で受け、仲間が次々と倒れていくのを感じた。忠義と矜持はあった。だが時代はそれを無惨に切り捨てた。


 榊原は敗走する士族の背に、自らの祖先を重ねた。

 「戦えば滅び、戦わねば忘れられる。我らの血はどこへ行くのか……」

 その問いは、雨の音にかき消されるばかりだった。


 戦いは終わり、西郷は城山に散った。士族の反乱は鎮圧され、武士の最後の抵抗は歴史に幕を閉じた。以後、武士は「軍人」と「官僚」と「庶民」に分かれ、血脈は姿を変えて受け継がれることになった。


 榊原は明治の街角に立った。制服の学生たちが西洋語を口にし、新聞が町に溢れ、人力車が駆け抜ける。だがそのどこにも「武士」という存在はなかった。

 AIの声が耳に響いた。

 ――「ここで武士は断絶しました。しかし断絶は終焉ではなく、変容です。」


 榊原は深く息を吐いた。

 祖先が積み重ねた忠義と矛盾は、ここでいったん途切れる。だが記憶は断ち切られない。次に彼が進むべきは、帝国の軍靴が鳴り響く近代戦争の時代だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ