第12章 《明治維新と武士の断絶》
視界が開けた瞬間、榊原義真はまるで異国に放り込まれたような感覚を覚えた。
兵士たちが着ているのは甲冑でも裃でもない。西洋式の軍服、肩章に輝く金の飾り、銃剣を付けた小銃。整然とした行進が鼓笛の音と共に進む。――明治維新。武士が消え、近代国家が生まれる時代だ。
榊原は東京の大通りに立っていた。髷を切った人々、西洋帽を被る学生、洋傘を差す婦人。江戸の面影は消え、文明開化の風が吹き荒れている。武士の象徴であった刀は、人々の腰から姿を消しつつあった。
記録は「廃藩置県」の場へと彼を導いた。旧藩主が集められ、藩は廃され、県が置かれる。数百年守られた「藩と家」は地図から消え、武士は俸禄を失った。榊原はその瞬間、祖先の胸を突き刺した痛みを共有する。
「我らの忠義を尽くした主君は消え、我らの地も俸禄も消えるのか……」
さらに「廃刀令」。榊原は城下の辻に立ち会った。布告を聞いた武士たちは愕然とした。刀を差すことを禁じられる――それは武士であることそのものを否定されるに等しかった。ある士族は腰の刀を外し、空虚な眼で地に置いた。榊原の胸が締め付けられる。戦場で血を浴びてきた刀が、ここではただ「無用の長物」とされていた。
記録は、没落した士族の暮らしを榊原に追わせた。かつて藩士だった男が、今は商いに失敗し、借財に追われている。妻は内職に追われ、子は学校で「士族」という名をからかわれる。武士の名は誇りではなく、時代に取り残された烙印となっていた。榊原の喉に苦いものが込み上げた。
そして、西南戦争。
榊原は熊本の田原坂に立っていた。西郷隆盛を旗頭に立ち上がった旧士族の軍。錦の御旗を掲げる政府軍との衝突。激しい銃撃戦、雨に濡れる泥の坂道。旧士族の兵たちは甲冑ではなく粗末な衣で、銃も乏しい。だが瞳には烈しい決意が宿っていた。
「武士の魂を取り戻すために!」
叫びと共に突撃するが、最新式の銃と大砲に打ち砕かれる。榊原はその弾雨を身で受け、仲間が次々と倒れていくのを感じた。忠義と矜持はあった。だが時代はそれを無惨に切り捨てた。
榊原は敗走する士族の背に、自らの祖先を重ねた。
「戦えば滅び、戦わねば忘れられる。我らの血はどこへ行くのか……」
その問いは、雨の音にかき消されるばかりだった。
戦いは終わり、西郷は城山に散った。士族の反乱は鎮圧され、武士の最後の抵抗は歴史に幕を閉じた。以後、武士は「軍人」と「官僚」と「庶民」に分かれ、血脈は姿を変えて受け継がれることになった。
榊原は明治の街角に立った。制服の学生たちが西洋語を口にし、新聞が町に溢れ、人力車が駆け抜ける。だがそのどこにも「武士」という存在はなかった。
AIの声が耳に響いた。
――「ここで武士は断絶しました。しかし断絶は終焉ではなく、変容です。」
榊原は深く息を吐いた。
祖先が積み重ねた忠義と矛盾は、ここでいったん途切れる。だが記憶は断ち切られない。次に彼が進むべきは、帝国の軍靴が鳴り響く近代戦争の時代だった。