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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン14
1814/2331

第9章 《天下統一と武士の変容》




 榊原義真の眼前に広がったのは、かつての戦国の混沌ではなかった。そこにあったのは整然と組まれた軍列。槍を林立させ、鉄砲を一斉に構えた兵の群れ。その背後には、色鮮やかな陣幕が翻り、威勢の声が規律正しく響く。――織田信長の軍勢。


 彼は桶狭間の嵐を知っている。だが今、榊原が追体験しているのは、それを超えた新しい戦の秩序だった。信長が導入した鉄砲三段撃ち。列を成した足軽たちが交互に発砲し、間断なく弾丸を吐き続ける。榊原はその轟音と硝煙に包まれ、戦国の「一騎打ち」が完全に過去のものとなったことを悟った。


 「ここでは、個の武勇は埋没する。だが、秩序の力が勝利を生む。」

 榊原の胸に、その確信が焼き付けられた。


 戦場の熱気が途切れると、場面は安土城へと移った。高く聳える天主、豪奢な障壁画、漆喰の壁に映える金箔の輝き。信長が権威を示すために築いた巨大な舞台。そこでは、武士は戦うだけでなく「権力を演出する役者」となっていた。榊原は廊下に立ち並ぶ甲冑の列を見て、武士がすでに「制度の象徴」になりつつあることを感じ取った。


 やがて時代は豊臣秀吉へ移る。榊原の意識は大阪城に吸い込まれた。巨大な石垣、天を衝く天守。城下には商人が溢れ、市場には異国の品が並ぶ。武士はもはや刀だけで家を守る存在ではなかった。徴税、検地、刀狩――秀吉の政策は武士を「統治の道具」として組み込んでいた。

 榊原は、検地帳を広げる奉行の隣に座る武士の姿を追体験する。刀を腰に差しながらも、その手は筆を握っている。農地の広さ、収穫の量、年貢の率――数字を扱うその姿は、戦国の戦士ではなく、行政官に近かった。


 「武士は刀を持つだけでは生きられない。地を治め、民を数え、秩序を築く。」

 榊原は祖先の血の中に、戦と統治の両方が刻まれていることを理解した。


 そして、徳川の時代が訪れる。榊原の前に広がったのは江戸城の大広間。将軍を中心に、諸大名がずらりと並び、静寂の中で礼を尽くす。ここにあるのは戦場の喧騒ではなく、規律と静謐。武士は将軍に仕え、秩序の頂点を支える「支配層」となっていた。


 榊原は、江戸の町も歩いた。白壁の町屋、往来を行き交う商人、寺子屋で学ぶ子供たち。町を巡る番士たちは、刀を腰に差しながらも、実際にそれを抜くことは滅多にない。刀は実用の武器から「身分の象徴」へと変わっていた。

 「戦国の荒ぶる血を抑え、泰平を守る役目。武士は、もはや戦いではなく、秩序を担う存在となったのだ。」


 だが、榊原は同時にその矛盾も嗅ぎ取った。刀を抜かぬ武士は、己の存在理由をどこに求めるのか。平和が長く続けば続くほど、その矛盾は深まり、やがて幕末の動乱へと火種を残すのではないか。


 大和のAIが、静かに語りかけた。

 ――「武士の変容は、血脈の否定ではなく、血脈の保存のために行われました。」


 榊原は深く頷いた。

 祖先が掲げた旗は、戦場での勝利によってだけでなく、秩序と統治によっても守られてきたのだ。戦国の嵐を生き抜いた血は、天下統一と泰平の時代にも形を変えて生き延びていた。


 やがて視界が暗転し、榊原は次の時代へと引き寄せられていく。

 そこに待つのは、黒船の来航。泰平を破り、新しい時代を呼び込む鉄の影。


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