第4章 《古墳と豪族》
光の粒が散り、榊原義真の視界に立ち現れたのは、巨大な丘だった。
それは単なる土盛りではない。広大な土地を切り開き、何千という人々の労働で築き上げられた「権威の象徴」。古墳だった。
緑に覆われた前方後円墳の上には埴輪が整然と並び、戦士、馬、家、船――あらゆる形が土で作られ、列島における力と記憶を誇示している。
榊原は畏怖に似た感覚を覚えた。
「これは墓であり、同時に武の舞台だ」
彼の足は勝手に動き、古墳の麓に広がる集落へと運ばれた。そこには豪族の屋敷があった。木柵に囲まれ、高床の倉庫が並び、鉄の矢尻や剣が倉に収められている。縄文・弥生の素朴な暮らしとは明らかに異なる。ここには組織だった支配と武力があった。
広場では、若者たちが鉄剣を手に訓練していた。太陽の光を反射して刃が鈍く光る。木槍や石斧とは比較にならぬ重量感と切れ味。金属の響きが耳を打つ。
榊原はその光景に武士の姿を重ねた。鉄という新しい武の具が、人々の精神を変えていく。命を奪う力を持つ者こそが権威を握る――その理が、この時代に確立されつつあった。
屋敷の奥では饗宴が開かれていた。豪族の長が鹿の肉を捌き、赤い酒を土器に注ぐ。左右には客人が並び、贈答の品として鉄器や玉がやり取りされる。権威は力だけでなく、財と祭祀によっても示されていた。
榊原はその席に同席するかのように感じた。盃を手にした豪族の眼差しには、戦士としての冷たさと、支配者としての誇りが宿っている。
やがて場面が変わる。
榊原は古墳の前で行われる葬送の儀式に立ち会った。
死した長は白布に包まれ、舟形の棺に納められる。戦士たちが鉄剣を地に突き立て、列をなして進む。女性たちは悲嘆の歌を歌い、埴輪を運ぶ。
「死してなお、武の力を誇示する」
榊原は震えた。墓は単なる死者の家ではない。権威の永続を示す舞台であり、生者に秩序を刻み込む装置なのだ。
その瞬間、AIの声が耳の奥で囁いた。
――「武の系譜は、権威の可視化によって強化される」
榊原は頷く。
豪族の時代、刀剣と古墳は表裏一体の存在だった。武はもはや個人の力ではなく、共同体を支配する権威の根拠となった。
彼は思った。
「我が祖先が武士として立った時、その根にはすでにこの精神があったのだ」
さらに記録は彼を戦の場へと誘う。
草原に集う二つの集団。鉄剣と鉄槍を掲げ、鬨の声を上げる。
榊原の手には、重みある剣が握られていた。刃が陽を浴びて眩しい。
踏み込む瞬間、相手の剣が閃き、衝撃が腕を痺れさせる。
血が飛び、土に染み込む。叫びと怒号。
――これは弥生の水争いの延長ではない。土地と人を支配するための「武力戦争」だ。
榊原は気づいた。
この戦いの感覚は、やがて源平の戦場へ、そして戦国の合戦へと連なっていく。刀の重み、敵を前にした恐怖と昂揚。それは時代を越えて同じ。
戦が終わり、勝者は古墳に新たな埴輪を加える。敗者の名は消える。
記録は残酷なまでに冷徹だった。歴史は勝者の武によって書き換えられる。
榊原は拳を握りしめる。
「これが武士の宿命か……勝つことでしか、名を遺せない」
やがて映像は薄れ、榊原の視界に新たな景色が浮かんだ。
都の伽藍、仏像、そして平安貴族の優雅な調度。
だがその陰で、武を抱いた者たちが台頭し始めていた。
――平安末期、武士団の胎動。
榊原の心臓が高鳴る。豪族の血脈が、ついに「武士」という名を得る瞬間が近づいていた。