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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1802/2331

第140章 《無機の幻影》




 ジュネーブの会議場は再び熱気に包まれていた。前章で人工ウイルスの可能性が指摘されてから、議題はさらに一歩踏み込んでいた。スクリーンには〈Ω〉の追加報告が投影されている。


 ——《火星構造体は有機高分子に加え、シリカ・酸化鉄ナノ粒子を取り込み、自己組織化を継続》


 「つまり、あれは遺伝子分子ではなく、機械のような振る舞いをしているのではないか?」

 ドイツ代表が声を荒げた。

「ウイルスは本来、RNAやDNAを基盤とする存在だ。だがこの報告は、ナノマシン的な自己組織化を示している。生命か機械か、その境界が揺らいでいる!」


 科学顧問の一人が立ち上がり、補足を試みた。

「実際、ナノテクノロジーの分野では“ウイルス模倣ナノ粒子”が研究されています。カプシド様の殻を自己集合で作り、薬剤を運搬する機能を持たせる。これは既に医療応用として現実化しつつある」


 米国の代表が即座に食い下がった。

「それは人間が設計したものだ! だが火星の構造体は自然発生なのか? それとも知性の産物なのか?」


 会場はざわめき、議論が交錯する。

 ある研究者は「これは新しいタイプの遺伝子ベース生命だ」と主張し、別の研究者は「これは機械的自己複製体、いわばナノマシンだ」と断じる。


 フランスの分子生物学者は指で机を叩きながら言った。

「もしこれがナノマシンなら、設計者が存在することになる。だが、それを示す痕跡はどこにある? 我々は“神の工場”を見つけたのか?」


 ロシア代表が静かに応じた。

「逆に考えろ。我々がナノマシンを作ろうとしたとき、自然界のウイルスを模倣した。火星で見つかったものも、自然が“機械のように見える”進化を遂げたのかもしれん」


 「自然が機械を装う? それは詭弁だ!」

 英国の軍事顧問が机を叩く。

「問題は感染だ。遺伝子であれナノマシンであれ、火星から地球に持ち込まれれば、人類に制御不能なパンデミックを起こす!」


 議論は科学から軍事へと傾き始めた。


 〈Ω〉が通信経由で発言権を得る。スクリーンに淡い光のアイコンが浮かび、冷ややかな声が会場に響いた。

「補足します。火星構造体は既存の生命定義に収まらない。情報担体は有機分子だが、自己組織化の主要素は無機粒子。これは“生命”であると同時に“機械”でもある。分類不能。新たなカテゴリーを設ける必要があります」


 会場がざわめく。AIが「分類不能」と明言することは、科学者にとって敗北宣言にも等しかった。


 中国代表が眉をひそめた。

「つまり、〈Ω〉は生命と機械の境界そのものを否定しているのか?」


 「否定ではなく、再定義です」〈Ω〉が答える。

「境界はもはや有効でない。ウイルスも人工ナノ粒子も、同じ“自己複製系”として扱うべきです」


 議場は騒然となった。

「自己複製系? それでは兵器と生命を同列に扱えというのか!」

「科学の視点では同じだろう。脅威という点でもな!」


 議論は激しく交わされ、ついには国連安保理の議題に飛び火することになった。軍事顧問たちは「火星基地切離し」の選択肢を再び持ち出し、科学者たちは「未知の知識を放棄する愚」と反論した。


 最後に、事務総長が静かに言葉を投げた。

「我々は問われている。火星の存在は遺伝子か、機械か。それとも——そのどちらでもないのか」


 沈黙が落ちた。スクリーンには、火星で揺らめく“構造体”の映像が繰り返し流されていた。捕食にも似た動き、光への応答、無機粒子の結合。生命のようであり、機械のようでもあるその姿が、会議場の誰もが答えを出せない問いを突きつけていた。


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