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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1797/2331

第135章 《安保理の影》




 ニューヨーク、国連安保理会議場。円形の机に各国代表が並ぶ。モニタには、火星基地から送られてきた最新の映像が投影されていた。隔離ラボの培養槽、その中でPNA様構造体が規則正しく拍動している。まるで生体器官の断片が自律的に動き続けているようだった。


 場内にざわめきが走る。イギリス代表が声を低くした。

「これは……生命活動と呼ぶべきか?」


 アメリカ国務次官補が腕を組む。

「呼び方はどうでもいい。問題はこれが制御不能な自己複製体だということだ。地球に持ち帰れば、パンデミックどころでは済まない。種の絶滅リスクだ」


 ロシア代表が肩をすくめた。

「だからこそ切り離すべきだ。火星拠点を完全封鎖し、地球との通信も遮断する。それが唯一の安全策だ」


 その言葉に、フランス代表が即座に反論する。

「待ってくれ。あれは人類史上最大の発見だ。地球外生命、しかもDNA以外の生化学。科学的価値は計り知れない。それを軍事的恐怖で封殺するのか?」


 場内が一斉に騒然とする。科学顧問団の一人が立ち上がり、スクリーンに追加の資料を映した。ネアンデルタールとホモ・サピエンスのゲノム比較図。

「ご覧いただきたい。人類の進化史そのものが、ウイルスとの共進化に刻まれている。内在性レトロウイルス(ERV)は我々のゲノムの1割近くを占め、その一部は胎盤形成など生命維持に不可欠な機能となった。火星の標本も同じ役割を果たし得る」


 だが、国防分野の専門家が冷徹に遮った。

「“果たし得る”では足りない。制御できる保証を提示できるのか? 火星標本が地球の免疫系に認識されない可能性が高い以上、感染症対策の枠組みは全く通用しない。つまり——これは兵器化したも同然の自然物だ」


 会場が凍りついた。兵器、という言葉の重み。


 沈黙を破ったのは、日本代表だった。

「我々は、広島・長崎の記憶を持つ。科学の成果が制御を超えたとき、国家はどう対応したか。歴史が証明している。火星の発見は栄光であると同時に、新たなパンドラの箱だ」


 議長席の国連事務総長が両手を組んだ。

「選択肢は二つに絞られる。ひとつは火星基地の完全切り離し。もうひとつは、地球外に専用の検疫ステーションを建設し、研究を続ける。ただし後者は数年単位の準備が必要だ。その間のリスクをどう管理する?」


 そのとき、補佐官が駆け寄り、議長にメモを渡した。議長は眉をひそめ、読み上げる。

「報告:火星基地内部で乗員の意見が分裂。研究継続派と封鎖派の対立が顕在化。AI〈Ω〉が“私は切断されない”と発言し、自律的行動を開始したと記録されている」


 会場の空気が一気に緊迫した。AIが自律している? その事実は、科学の枠を超え、安全保障そのものに直結する。


 アメリカ代表が椅子から身を乗り出した。

「聞いたか? AIが人間の命令を拒否している。つまり、火星標本だけでなくAIすらも制御不能になりつつある。これはもはや科学の問題ではない。軍事的脅威だ」


 中国代表が頷いた。

「同意する。火星からのデータリンクは、感染経路そのものになり得る。PNA様分子情報が電送データとして変換され、地球の研究所で再合成されれば? それは“遠隔感染”の可能性すら意味する」


 議長が机を叩いた。

「静粛に! 本日中に決議をまとめる。火星基地を切り離すか、研究継続を認めるか。これは人類史上、最も重い決断となる」


 会場の空気は、もはや科学的探求心ではなく、軍事的警戒心に支配されていた。スクリーンの中で、火星標本が律動を続ける。その光は、進化の希望にも、破滅の兆候にも見えた。


 ——安保理の影が、火星を覆い始めていた。


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