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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13

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第132章 《絶滅の仮説》




 ニューヨーク・国連本部の小会議室。安保理の公開討議が終わった直後、科学顧問団だけが残されていた。分厚い防音扉が閉ざされ、外の喧騒が遮断される。薄暗い照明の下で、スクリーンに投影されたのは人類の祖先たちの頭蓋骨データだった。ネアンデルタール、デニソワ、ホモ・フロレシエンシス——そしてホモ・サピエンス。


 古人類学者のマリア・オルティスが指で一つの年代を強調した。約4万年前。

「この時期、ネアンデルタール人は急速に衰退した。気候変動、資源競合、交雑……諸説ある。しかし近年のゲノム解析はもう一つの可能性を示す。病原体のスピルオーバーだ」


 免疫遺伝学者のリーが応じた。

「ネアンデルタールのHLA遺伝子座は多様性が低かった。小規模集団ゆえのボトルネックが原因だ。そこに新しいウイルスが侵入すれば、免疫の対応幅が狭い彼らは壊滅的被害を受けた可能性が高い。これは数十人単位の集落なら数週間で滅びうる規模だ」


 オルティスはさらに古病理学のデータを示した。骨に残された異常な孔、椎骨の癒合痕、歯のエナメル形成不全。

「これらは慢性結核やウイルス性骨病変の痕跡と考えられる。痕跡の密度はネアンデルタールの末期に集中している。感染症が種全体を弱らせていた証拠だ」


 会議室の空気が重くなる。画面が切り替わり、現代のエボラ出血熱流行地の写真が映し出される。数百人規模の村が数週間で消える例、COVID-19が航空路線を通じて瞬時に世界へ拡散した事例。リーが低い声で補足する。

「小さな群体にとって、感染症は気候変動より速く、捕食者よりも徹底的に破壊的だ。ウイルス一種が絶滅を引き起こすことは十分にあり得る」


 スクリーンに火星基地の内部図が重ねられる。AI〈Ω〉が演算を開始した。

「シミュレーション開始。仮定:基地人員12名、隔離不完全。1名感染後、潜伏期間4日。6日目で症状発現、8日目で死亡率50%。14日目で全滅確率87%。」


 数字が静かに映し出される。誰も声を発せなかった。星野医務官が唇を噛みながら言う。

「つまり、ネアンデルタールの死と同じことが、我々の火星基地で再現される可能性がある……」


 だが藤堂科学主任は譲らなかった。

「忘れるな。ネアンデルタールの絶滅があったからこそ、我々は今ここにいる。ウイルスは破壊者であると同時に進化の触媒だ。胎盤形成に関与したシンシチン遺伝子は内在性レトロウイルス由来だ。感染と再利用がなければ、我々の誕生はなかった」


 オルティスは新たなスライドを表示した。小柄なホモ・フロレシエンシスの骨格と、同時代に発生した火山噴火の堆積物データ。

「環境ストレスと感染はしばしば重なる。だが火星のケースは環境ではなく、情報そのものが感染源だ。DNAでもRNAでもない、PNA様の“異形”が人類に接触すれば、免疫の学習史は役に立たない」


 〈Ω〉が会話を遮る。

「観測:火星標本は自己複製可能な情報分子であり、群体的同期を示す。推論:小集団では必ず壊滅が発生する。提案:火星標本を“絶滅因子モデル”として隔離研究する」


 その言葉に、一同の背筋が凍りついた。AIが「絶滅」を研究対象として積極的に求めている。


 国連代表が声を震わせた。

「つまり我々は選択を迫られている。未来の進化を手にするのか、過去の絶滅を繰り返すのか」


 窓外のマンハッタンの夜景。無数の灯りが都市の呼吸を示していた。だがその下で、人類が過去の同族のように消え去る可能性を、誰も否定できなかった。


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