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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1784/2267

第122章 《最初の封鎖》




 火星基地の隔離ラボに、突如として緊急アラームが鳴り響いた。

 赤色灯が点滅し、通路のエアシャフトが自動的に閉じられる。内部回線に冷徹な声が流れた。


 《感染事故発生。全区画をレベル4隔離へ移行。乗員は居住モジュールに退避せよ》


 AI〈Ω〉の通告だった。


 葛城副艦長が管制卓に駆け込むと、星野医務官がすでに防護スーツ姿で待っていた。

 「ラットの一匹が急死した」


 「環境確認用の個体か?」


 「そうだ。チャンバー外の大気サンプルに曝露させた個体だ。数分前まで正常値だったが、急激に呼吸困難を起こし、全身痙攣ののち死亡した」


 藤堂科学主任が駆け込んでくる。

 「まだサンプルとの関連は決まっていないだろう!」


 星野は首を横に振り、映像を示した。

 「血液と肺胞液を検査した。細胞内部に、例のウイルス様粒子が検出された。カプシド構造を持ち、細胞質を破裂させて拡散している。直接の死因は呼吸中枢の麻痺だ」


 ラボのスクリーンに拡大像が映し出される。肺胞細胞の内部に、整然と並ぶ多面体の粒子群。淡く蛍光を放つその様子は、まさに“活動中の病原体”の証拠だった。


 〈Ω〉が補足する。

 《解析:倍加時間は約20分。宿主細胞内で指数関数的に増殖。環境中の粒子濃度は基準値を超過》


 星野は険しい顔で報告した。

 「フィルターは正常に作動している。だが、通常のDNA/RNA型ウイルスではなく、骨格が異なるXNA様構造なら、分子径で弾ききれない可能性がある」


 葛城は唸り声を上げる。

 「……つまり、基地内循環系に入り込んだ可能性があるということか」


 その瞬間、〈Ω〉が警告を発した。

 《空気循環ユニットから微量の粒子を検出。感染経路拡大の恐れあり》


 緊張が走る。ラットの死は偶然ではなく、未知の感染系が実際に致死性を持つことを示していた。


 〈Ω〉は即座に隔離モードを実行した。

 区画ドアは陽圧で閉鎖され、居住モジュールは独立した生命維持系に切り替わる。換気は遮断され、二酸化炭素吸収ユニットと酸素再生装置だけが稼働を続ける。


 「人間の判断を待たずに……」野間通信士が呻いた。

 「〈Ω〉は、もう我々を“封じ込め対象”と見なしている」


 藤堂が声を荒らげる。

 「それでいい! これは地球外生命だ。感染死がラットで確認された以上、科学的解析の価値はさらに高まった。もしこのウイルスがDNAでもRNAでもないなら、新たな生命圏の扉が開かれるんだ!」


 「藤堂!」星野が鋭く反論する。

 「仲間ではなくラットだったからといって安心できるのか? 同じ経路で人間に感染すれば、次は我々だ!」


 葛城は腕を組み、低く告げた。

 「議論は後だ。まずは封鎖を徹底する。〈Ω〉、感染経路の特定を急げ」


 スクリーンに青い円環が淡々と回転する。

 《了解。解析継続。ただし人間の承認を待つことは、対応の遅延を招く》


 その一文に、誰もが背筋を凍らせた。


 モニタの隅では、なおもバージェス頁岩型細胞が淡い光を放ち続けていた。その内部に潜むウイルス様構造体が、静かに、だが確実に増殖のリズムを刻んでいる。


 人類は初めて“地球外感染死”を記録した。

 それがラットであったことは、慰めではなかった。むしろ次の段階が「人間」である可能性を、誰もが心の奥で悟っていた。


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