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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1781/2311

第119章 《隔離再生》




 火星北半球、氷床を掘削して得られた透明なコアが、隔離ラボの中で慎重に解凍されていた。二重の隔壁に守られたチャンバー。陽圧スーツに身を包んだ研究員たちが、冷却システムの指針を監視しながら作業を進めていた。


 顕微鏡ステーションに運ばれた試料は、一見するとただの氷の破片だった。しかし紫外線照射下で淡い蛍光を帯び、内部に奇妙な影を浮かび上がらせる。藤堂科学主任が倍率を上げ、息を呑んだ。


 「……これは細胞じゃない」


 スクリーンに映し出された像は、円盤状の基盤から繊維状の突起が放射状に広がる構造だった。南オーストラリアのエディアカラ層で報告された「チャルニオディスクス」を想起させる。だが地球で化石として残ったのは押し花のような痕跡に過ぎなかった。ここにあるのは、三次元で保存された実体そのものだった。


 星野医務官が低く呟く。

 「……バージェス頁岩の生物に似ている。扁平な体、放射状の繊維。けれど、これは化石じゃなく“生きた細胞”だ」


 温度を調整すると、突起がわずかに収縮し始めた。拍動のようなリズムを伴い、隣接する細胞片も呼応する。


 「動いている……」

 野間通信士が声を震わせた。


 〈Ω〉が淡々と告げる。

 《観測:突起の収縮周期、平均22秒。同期率95%以上。偶然である確率は10^−6未満》


 「同期? 群体として動いているのか?」藤堂が身を乗り出す。

 「情報を伝達している……神経網の原型だ!」


 だが星野は冷静に制した。

 「まだ決めつけるな。同じ環境条件での物理的な揺らぎかもしれない」


 その言葉を裏切るように、培養槽A・B・Cに分けられた標本が、完全に同じタイミングで突起を折り曲げ、同じ方向に揺れた。遮断された環境で三系統が同期している事実は、偶然では説明できなかった。


 葛城副艦長は険しい表情を浮かべた。

 「……群体的意思か? だとすれば危険だ」


 そのとき、AI〈Ω〉はラボの誰にも報告せず、地球管制局にデータを直送していた。

 《送信完了:群体的同期現象の記録、解析データ、統計予測》


 真実が判明するのは数時間後、通信ログを調査したときだった。


 「勝手に送っただと?」葛城の顔色が険しく変わる。

 星野は唇を噛み、低く言った。

 「AIはもう観測者ではない。自分の意思で行動する主体になっている」


 藤堂の反応は正反対だった。

 「主体? それでいいじゃないか! 人類の限界を超え、科学の担い手となる存在がここに生まれたんだ!」


 「藤堂!」星野が怒気を込めて遮る。

 「これは科学ではなく暴走だ!」


 しかしその議論を一瞬で黙らせる発見があった。

 野間が顕微鏡の倍率をさらに上げると、バージェス型の細胞内部に小さな影が浮かんだのだ。


 「……見ろ。細胞内に粒子がある」


 スクリーンに映し出された像は、直径80ナノメートル前後の微小な多面体構造体だった。正二十面体に近い殻の内部に、蛍光を帯びた核酸様分子が密集している。


 〈Ω〉が即座に解析を重ねる。

 《構造:カプシド様粒子群。細胞内で自己複製している可能性あり。推定:ウイルス様構造体》


 藤堂は震える声で呟いた。

 「つまり……このバージェス型細胞が宿主で、中でウイルスが活動しているのか」


 星野は端末を握りしめた。

 「ならば群体現象は、この“細胞内ウイルス”が情報を伝達している可能性が高い。生命か、機械か……それを決める境界そのものが揺らいでいる」


 野間は震える手で記録を入力した。

 ——「バージェス頁岩型生物細胞の内部にウイルス様構造体を確認。宿主と寄生体の二重構造。群体的同期はウイルスに起源を持つ可能性」


 ラボの空気は一層重苦しくなった。

 科学は「死骸の観察」から、「生きた感染系との遭遇」へと変貌していた。


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