第96章:テニアン、死の積載
1945年8月6日未明、マリアナ諸島テニアン島ノースフィールド飛行場。滑走路の一角、厳重な有刺鉄線と憲兵の警戒網に囲まれた「ハッマン地区」は、不気味なほどの静寂に包まれていた。薄明かりの中、巨大なB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」が、その銀色の機体を輝かせながら、特設のローディングピットの上に停車していた。
ピットの地下深く、厳重なセキュリティゲートの奥にあるハット802。そこでは、ウラン型原爆**「リトルボーイ」**が、最終的な姿を現していた。直径約70cm、全長約3mの巨大な鋼鉄の筒。科学者たちは、プルトニウム型とは異なる「砲身方式」のこの爆弾に、最後の調整を施していた。彼らの顔には、人類初の兵器を実戦投入する重圧と、成功への確信が入り混じっていた。
「最終弾頭の準備よし。Xユニット、インサート準備!」
責任者が指示を出すと、Xユニットと呼ばれる起爆装置の核心部分が、慎重にリトルボーイの内部へと組み込まれていく。これは、飛行中の誤作動を防ぐため、最終段階で組み込む極秘の工程だった。技術者たちは、ミリ単位の精度でそれを固定し、全ての接続を最終確認した。
午前2時。ローディングピットの巨大な油圧リフトが、ゆっくりと作動し始めた。静かに、しかし確実に、リトルボーイが暗い地下から地上へと姿を現す。その鈍い金属の輝きは、まるで死神の鎌のようだった。リフトはB-29の爆弾倉の真下で停止し、整備士たちが特殊なハーネスを用いて、慎重に爆弾を吊り下げていく。B-29の爆弾倉は、通常の爆弾よりも遥かに巨大なリトルボーイを収めるために、大幅な改造が施されていた。
「爆弾、メインボムラックに接続完了!」
「よし。全ての固定を再確認。安全ピンは抜くな。最終的なアームは空中で行う」
地上では、第509混成部隊の指揮官であるポール・ティベッツ大佐が、自ら操縦桿を握る「エノラ・ゲイ」の最終チェックを行っていた。彼の顔は、決意に満ちていた。数時間後、この機体は、歴史上初めて、都市に原子爆弾を投下することになる。