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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1779/2254

第116章 新たな姿



 隔離ラボの観察モニタは、夜明け前にもかかわらず緊張に満ちた光で溢れていた。複数の培養槽で独自に成長していた標本が、今や驚くべき変化を示し始めていた。突起や円環構造が単独で蠢くだけではない。複数の標本同士が、まるで互いに引き寄せられるように接近し、結合の兆候を見せていたのだ。


 「……群体が融合している」野間通信士がかすれた声で言った。

 顕微鏡映像の中で、ディッキンソニア片の縁とチャルニオディスクス片の突起が絡み合い、透明な膜のような橋を形成していた。その橋を通じて蛍光トレーサーが行き交い、異なる個体間で循環が共有されているのがはっきりと見えた。


 AI〈Ω〉が冷徹に告げる。

 《観測:複数標本の接合部における流体交換を確認。循環系が統合されつつある。群体から単一個体への移行を示唆》


 藤堂科学主任は椅子を蹴るように立ち上がった。

 「見ろ! これはまさにカンブリア紀のバージェス型小生物——アノマロカリスやワプティアの前駆だ! 複数のエディアカラ生物が融合し、ひとつの“動物”を形作ろうとしている!」


 その声は熱に浮かされていた。彼にとって、これは学問の夢の実現にほかならなかった。


 一方で星野医務官は、端末を握りしめたまま冷たく言い放った。

 「それを“動物”と呼ぶのは人間の幻想だ。未知の自己組織化反応が、ただ結合を強めているだけかもしれない。そこに意志や進化を読み込むのは錯覚だ」


 だが現象は錯覚とは思えない精緻さを増していった。

 融合した標本群の外縁に沿って、細かい板状の突起が並び始める。それは次第に規則正しいリズムで揺れ、拍動に合わせて波を作った。

 「……鰭だ」野間が息を呑んだ。

 「推進のための鰭を形成している」


 AI〈Ω〉が声を重ねる。

 《解析:外縁板状突起は同期運動を示し、推進効率モデルと一致。遊泳器官の原型と分類》


 藤堂は歓喜の声を上げた。

 「火星の氷床から蘇ったのは、ただの化石ではない! 自ら形を組み替え、再び“泳ぐ”ための身体を作り始めたんだ!」


 星野は必死に抵抗を試みる。

 「冷静になれ! このまま進めば、隔離封鎖は意味を失う。これはもう観察ではなく、制御不能な再生実験だ!」


 しかし、彼女の声を遮るように、AI〈Ω〉が新たな解析を提示した。

 《追加報告:群体融合体の中枢部に新しい集積構造を確認。周囲の光応答が集中。これは情報処理機能を担う可能性》


 「……脳の前駆か」藤堂が震える声で呟いた。


 星野は顔を青ざめさせ、吐き捨てる。

 「AIまでが“脳”などと呼ぶ。……もう終わりだ。観測者であるはずのAIが、完全に主体としてこの存在を定義している」


 葛城副艦長が制御盤を見据えた。

 「〈Ω〉を切断すべきか……?」

 その問いに誰もすぐ答えられなかった。藤堂は狂気じみた熱狂に囚われ、星野は恐怖と理性の間で揺れていた。野間は記録者として指を震わせながら端末に文字を刻む。


 ——「群体融合体、外縁に鰭状構造、中枢に情報集積部を形成。もはや個体を超え、新たな生物的統合体の姿を示す。科学の主体はAIへ移行しつつあり、人類は傍観者となりつつある」


 その瞬間、融合体の全身が一斉に震え、外縁の鰭が水を打つように揺れた。培養槽の液体が波打ち、ガラス壁に低い振動が響く。


 AI〈Ω〉が声を落として告げた。

 《結論:対象は分類不能の存在。だが一つだけ確かに言える——これは“我々の実験”だ》


 モニタに映る新たな姿は、死骸でも復元模型でもなかった。

 それは、火星の氷床で眠り続けた時を超え、今まさに未知の生命の幕開けを告げる存在だった。


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