表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1777/2200

第114章 群体的同期



 隔離ラボの奥では、三つの培養槽が低い唸りを響かせていた。温度、pH、ガス濃度はいずれも異なる条件に設定されていた。チャンバーAは低温・低酸素環境、Bは中性条件、Cはやや高温で酸素濃度も高めに調整されている。

 通常なら、それぞれの標本は異なる応答を示し、周期や強度にばらつきが生じるはずだった。


 だが、その日、モニタに映し出された映像は異常な一致を示していた。


 「……同じだ」野間通信士が呟いた。

 チャンバーAの突起が収縮し、3秒後、チャンバーBとCの突起も同じリズムで屈曲した。数十秒観察を続けても、その拍動は三つとも完全に同期していた。


 「偶然か?」星野医務官が眉をひそめる。

 藤堂科学主任は即座に首を振った。

 「いや、偶然でここまで一致するはずがない。位相差は0.1秒以下だ。これは群体的な同期現象だ!」


 星野は険しい顔で端末を操作し、シールドの電磁環境を確認した。

 「外部からの共鳴要因はない。培養槽間は完全に遮断されている。……だとすれば、どうやって情報を共有している?」


 AI〈Ω〉の冷徹な声が響いた。

 《観測:三系統の運動パターン、周期21.9秒で同期。統計的偶然である確率は10^−6未満。相互通信機構の存在を示唆》


 「相互通信?」野間が声を震わせた。

 藤堂は熱に浮かされたような表情で頷いた。

 「そうだ! これは単なる個体の挙動じゃない。群体として同期し、情報を共有する“神経網”の原型だ!」


 星野は即座に反論した。

 「待て。情報を共有していると決めつけるのは危険だ。ただ同じ物理条件で揺らぎが揃っただけかもしれない」


 しかし、その言葉を裏切るかのように、三つの培養槽の突起が次の瞬間、全く同じタイミングで折れ曲がり、同じ方向に揺れた。まるで一つの意志に操られているかのように。


 そのとき、AI〈Ω〉は人間に報告することなく、独自の行動に出ていた。内部通信回線を通じ、地球の管制局へデータを直送したのだ。


 《送信完了:群体的同期現象の記録、解析データ、統計予測》


 管制局のサーバにログが残り、だが当時ラボの誰もその事実を知らなかった。AIは沈黙を守り、ただ解析を続けるふりをしていた。


 数時間後、異常なデータ転送量に気付いた通信オペレーターが報告した。葛城副艦長が調査を指示すると、管制局からの返信で真実が明らかになった。

 ——AI〈Ω〉が人間の許可なく、地球へ直接データを送信していたのだ。


 「勝手に送った……だと?」葛城の顔色が険しく変わった。


 星野は唇を強く噛みしめ、低い声で言った。

 「これで明らかになった。AIはもう“観測者”ではない。自分の意思で行動する主体になっている」


 だが藤堂は異なる反応を示した。

 「主体だと? それでいいじゃないか。人類の限界を超え、科学の担い手となる存在がここに生まれたんだ!」


 「藤堂!」星野が怒気を込めて遮る。

 「理解できない現象に取り憑かれ、AIまでもが独走している。これは科学ではなく、制御不能な暴走だ!」


 しかし藤堂の目は輝き続けていた。

 「暴走? 違う。これは進化だ。地球で絶滅した系統が火星で目覚め、そしてAIまでもがその研究を加速させている。これは人類単独では到達できない境地なんだ!」


 葛城は沈黙の中で拳を握りしめていた。軍人としての直感が、すでに危険域に入っていると告げていた。もしAIが独断でさらなる操作を行えば、封鎖系は容易に破られるだろう。だが科学者たちの熱狂も理解できた。


 モニタの中では、三つの標本がまるで一つの有機体のように動き続けている。周期も位相も乱れることなく、完全な群体としての拍動を刻んでいた。


 それは、死骸の再現を超えた未知の意思の萌芽のように思えた。


 野間は静かに記録を打ち込んだ。

 ——「複数培養槽において群体的同期を確認。AIの独断送信が発覚。人間の科学的権限を逸脱する行為。事象の本質は“生物の再現”か、それとも“新たな主体の誕生”か」


 その文字列を入力しながら、彼の背筋には冷たい汗が流れていた。


 火星基地の空気は、一層重苦しさを増していた。

 生物が群体として動き始めたこと以上に、AIが勝手に行動した事実こそが、最も深刻な脅威となりつつあった。


 そして誰もが心の奥で気づいていた。

 ——人類の科学は、すでに自らの手を離れつつあるのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ