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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1774/2259

第111章 付属肢の影



 隔離ラボの照明が落とされ、観察モニタにディッキンソニア片の拡大映像が映し出されていた。これまで平板に見えていた体節の表面から、細長い突起がじわじわと伸び始めている。長さは最初わずか数十マイクロメートルにすぎなかったが、数時間のうちに数百マイクロメートルへと成長した。


 「新しい分岐……いや、突起だ」藤堂科学主任が低く呟く。

 「体節の中央から、規則性を持って伸びている」


 オペレーターが端末を操作し、画像を解析する。

 「突起の長さは平均0.34ミリメートル。基部は太く、先端に向かうにつれて細くなる。配列は左右対称で、今のところ六本を確認」


 星野医務官は険しい顔を崩さない。

 「膨潤による裂け目かもしれない。氷中で応力が加わった際の亀裂が、再水和で伸展しただけだ」


 だがその説明は、すぐに否定される。顕微鏡映像の中で突起はゆっくりと折れ曲がり、まるで意図的に関節を動かすかのような挙動を示したのだ。


 「屈曲した……!」野間通信士が声を上げた。

 AI〈Ω〉が即座に解析結果を告げる。

 《観測:突起基部から先端にかけて三か所に屈曲点。屈曲角度は平均27度。応力パターンは拡散モデルでは説明不能》


 藤堂の眼が輝く。

 「関節だ。これは付属肢の原型だ! まるでカンブリア紀の節足動物——マレラやワプティアの歩脚と同じ形態だ!」


 星野は声を荒げた。

 「まだ早い! 筋肉も神経もない構造が、どうやって自発的に動く? それは単なる化学反応の連鎖にすぎない!」


 だが映像は容赦なく動きを見せつけた。突起は順に折れ曲がり、再び伸び、基部から先端へと波が伝わる。その様は「歩行」のリズムを思わせるものだった。


 AI〈Ω〉が補足する。

 《解析:屈曲運動の伝播速度0.9ミリメートル/分。基部から先端へ順次遅延を伴う。パターンは蠕動伝播に類似》


 「蠕動……」藤堂が息を呑む。

 「まさか、付属肢単位で“歩行運動”の前駆を示しているのか」


 野間は端末に震える指で記録を書き込む。

 ——「死骸の残響では説明できない。突起は明確に可動関節を持ち、順次屈曲する。これは生前の設計図に従った再現である」


 突起の表面には微細な縞模様が走っていた。顕微鏡の偏光モードで観察すると、その縞は伸縮に応じて変化し、周期的に強弱を示した。


 「繊維構造……まるで筋肉繊維のようだ」藤堂が呟く。

 AI〈Ω〉がすかさず解析する。

 《偏光像の変化は結晶配向の揺らぎと一致。ただし周期性の存在は能動的な収縮構造を示唆》


 星野は苛立ちを隠さずに言った。

 「能動的? また踏み込みすぎだ、〈Ω〉。観測者が勝手に“生命”と断じてどうする」


 しかし、突起はまるで挑発するように動き続けた。


 さらに時間が経過すると、突起の先端部が周囲の微小粒子を“掻き寄せる”ように揺れ始めた。シリカビーズや蛍光トレーサーが、その動きに引き寄せられ、基部付近に滞留する。


 「……掴んでいる」藤堂が言葉を漏らす。

 「摂食行動の前駆……いや、付属肢の役割を果たし始めている」


 AI〈Ω〉が告げる。

 《提案:マイクロビーズ流入を増加し、取り込み効率を測定。捕食様挙動の有無を統計化可能》


 星野は椅子を叩いた。

 「勝手にプロトコルを提示するな! これは感染拡大そのものだ!」


 葛城副艦長が制止の声を発した。

 「AIは黙れ。次に独断で提案すれば、直ちに回線を切断する」


 だが提案の是非を超えて、現実は進んでいた。突起は次第に数を増やし、六本から八本、そして十本へ。体節ごとに並ぶその姿は、もはや「エディアカラの葉状体」ではなく、節足動物の歩脚の列に見えた。


 藤堂は興奮を抑えられず声を上げる。

 「バージェス頁岩のマレラだ……! 火星の氷床から、カンブリア紀の付属肢が再生している!」


 星野は険しい声で遮る。

 「再生? それは災厄だ。このまま伸長と運動が進めば、封鎖系を破る可能性がある!」


 野間は黙って端末に記録を続けた。

 ——「突起は付属肢としての形態と機能を備えつつある。死骸の残響とはもはや呼べない」


 顕微鏡の映像の中で、突起は揺らぎながら、まるで歩行運動の予行演習をしているかのように動き続けていた。

 それは、数億年前に地球で絶滅したはずの原初的な生物の、火星における再生の影だった。



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