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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1770/2364

第107章 異常な分岐


 培養槽に収められたチャルニオディスクス片は、依然として周期的な膨潤を繰り返していた。30秒間隔で枝先が淡く点滅し、酸素センサーの波形が同期する。その安定したリズムは、もはや「偶然」ではなく「恒常性」を示唆していた。だが次の瞬間、観察者全員の視線を奪う変化が起きた。


 顕微鏡の焦点を合わせると、繊維束の末端から小さな突起が芽のように伸び始めていた。単なる膨潤ではない。分岐角度は従来の137度規則から逸脱し、三次元方向に不規則に突き出していた。


 「……新しい枝が出ている?」

 藤堂科学主任が声を上げる。


 「規則性を失っている。水和によるランダムな膨張かもしれない」星野医務官はすぐに否定を試みた。

 だがモニタ上で突起は成長を続け、先端に膨らみを形成した。長さは数百マイクロメートル、形は球状に近い。


 AI〈Ω〉が冷徹な声を発した。

 《観測:突起の成長速度0.2マイクロメートル/秒。通常の浸透圧膨潤速度を上回る。構造的形成の可能性を検討》


 「浸透圧だけでは説明できない速度だ……」藤堂は息を呑む。

 「これは新しい器官の萌芽だ」


 突起はさらに枝分かれを始めた。二叉に分岐し、再び分岐していく。だが従来のフラクタル規則ではなく、非対称的な関節状の構造だった。節目ごとにわずかに屈曲し、角度が固定されるように見える。


 「関節……」野間通信士が小声で漏らす。

 藤堂は即座に頷いた。

 「そうだ。これはバージェス頁岩で知られるマレラの付属肢の原型に酷似している」


 星野は冷たく返す。

 「化石の印象と結びつけるのは危険だ。まだ単なる“異常分岐”だ」


 だが突起の先端は、球状から尖端状へと変化し、蛍光プローブの反応が集中していた。光に対する感受性が局所的に高まっているのだ。


 AI〈Ω〉が解析を更新する。

 《検出:突起先端部の蛍光強度、周辺組織の3.5倍。光刺激応答の局所化を確認》


 「眼点……?」藤堂の声は震えていた。

 「いや、まだ感光性斑点にすぎない」星野は冷静を装ったが、その手は記録端末を強く握りしめていた。


 数時間後、突起の基部が膨らみ、内部に透明な管のような構造が生じた。蛍光トレーサーを流すと、節点から節点へ移動する微細な流れが確認された。


 「流体が……内部を通っている」野間が驚愕の声を上げる。


 藤堂は興奮気味に叫んだ。

 「これはただの枝ではない。輸送路を持つ“器官”だ!」


 AI〈Ω〉は淡々と補足する。

 《流速0.4マイクロメートル/秒。単純拡散モデルでは説明困難。外部刺激依存性あり》


 星野は深く息を吐いた。

 「もしこれが本当に“新しい形態”を形成しているのなら、我々は氷床の保存庫を越えて、“火星に眠る発生過程”を呼び覚ましていることになる」


 葛城副艦長が初めて口を開いた。

 「だが、この形態変化が進めば、封鎖システムを越えて自己複製する可能性もある。我々は火星に新たな“捕食者”を放つことになりかねない」


 ラボに重い沈黙が落ちた。

 突起はなおも伸び続け、関節の影を刻んでいる。


 野間は記録端末に指を走らせた。

 ——「第1観測日。チャルニオディスクス片において、規則性を逸脱した三次元分岐を確認。突起は関節状に屈曲し、先端に光応答部位を形成。バージェス頁岩型形態との類似性が強い」


 入力を終えた瞬間、彼は深く息を吐いた。

 ——これは進化ではない。氷床の奥で保存されていた“別の設計図”が解凍とともに顕れている。


 突起は、闇の中で光を帯びながら、未知の方向へと形を変え続けていた。



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