第95章:イージスの計算、二つの街を救うために
高知沖へと針路を取り、迎撃態勢に入ったイージス艦「まや」の艦橋は、極度の緊張に包まれていた。SPY-6レーダーが、広大な太平洋の空を睨み、テニアン島からの死の飛来を待ち構える。艦長である秋月一等海佐は、コンソールに表示される情報を睨みつけ、脳内で迎撃のシミュレーションを繰り返していた。
情報科士官が、最新の予測航路を更新し、秋月に報告した。「艦長、テニアンからのB-29は、広島攻撃のためには高知沖の我々の射程範囲を通過します」。
秋月は深く息を吐き出した。この予測は彼らの知る歴史と一致している。広大な日本の空をカバーするには、イージス艦一隻ではあまりにも手薄だが、少なくとも最初のB-29は捉えられる。
史実通りの間隔ならば
「よし」秋月は、声に力を込めた。「史実通り、広島への投下、その3日後に長崎へ、という間隔が維持される前提で、迎撃ポイントを設定する」。
情報科士官が、迅速に新たな航路と待機ポイントをディスプレイに表示した。
「最初の迎撃ポイントは、広島への最適迎撃点である高知沖合を維持します。ここならば、B-29を十分な距離で捕捉し、SM-2ミサイルで確実に撃墜可能です。その後、『まや』は全速力25ノットで直ちに西へ転進。豊後水道を経て九州沖合を目指します。長崎へのB-29の飛行ルートを考慮すると、五島列島沖または対馬海峡東側が次の迎撃ポイントとなります。広島攻撃から長崎攻撃までの3日間があれば、我々の速度ならば十分に到達し、迎撃態勢を再構築できます」。
副長が力強く頷いた。「一昼夜もあれば、十分に長崎沖合へ到達できます。ミサイルの再装填や、システムのリセット、乗員の休憩も考慮すれば、3日間の間隔はまさに理想的だ。史実通りであれば、二つの都市を救うことが可能となります」。
しかし、秋月の顔からは、完全に緊張が消えることはなかった。彼らが歴史を歪めてしまったことで、何が起こるか誰にも予測できない。特に、テニアン島にプルトニウム型原爆が二発同時に搬入され、組み立てられていたという事実は、秋月の心を深く揺さぶっていた。
「だが、懸念は拭えない」秋月は、再び表情を引き締めた。「ロナルド・レーガンから得た情報では、二発のファットマン型原爆が同時に組み立てられている。もし、我々の介入によって、米軍が日本に早期の降伏を促すため、あるいは我々の行動への報復として、ほぼ同時に二機を投入するような、歴史が歪んだシナリオになった場合…」
彼は、改めて情報科士官に問うた。「長崎へ向かうB-29を、広島への攻撃機を迎撃した後に捕捉・迎撃するためには、現在の『まや』の位置からでは射程範囲外となる。両都市のB-29を同時にカバーするには、最低どのくらいの時間差が必要だ?」
情報科士官は、無情な数字を提示した。「艦の速力とミサイルの射程範囲を考慮しても、広島への機体を対処した後、長崎への機体を迎撃するためには、最低でも6時間の時間差が必要です。それ以下の時間差では、我々は片方の機体しか確実に迎撃できません。
その言葉に、艦橋の士官たちの間に、重い絶望感が再び広がった。つまり、もし同時に二機が異なるコースで飛来すれば、広島か長崎のどちらかの都市を、自分たちが「切り捨てる」ことになってしまうのだ。未来を知る彼らにとって、それは耐えがたい選択だった。
「もし、同時に二機のB-29が飛来し、両方を阻止することが不可能と判断した場合、大本営 東條大臣らの天皇陛下への超早期和平の直訴にかけるしかない