第106章 再生成
隔離ラボの観測モニタに、再び異常な波形が現れた。チャルニオディスクス片の放射状繊維が、一斉に膨潤と収縮を繰り返し始めたのだ。そのリズムは正確で、周期は約30秒。まるで心拍や呼吸のように、波形は安定していた。
「繰り返し応答……ノイズじゃない。完全に定常化している」
藤堂科学主任は唇を震わせながらデータを指差した。
星野医務官は険しい表情で即座に返す。
「それを“生命活動”と呼ぶには根拠が足りない。だが……物理的分解としては説明がつかなくなりつつある」
AI〈Ω〉が無機質な声で報告する。
《観測:周期的膨潤の相関係数0.98。チャルニオディスクス繊維網とディッキンソニア体節のリズムは同期。確率論的に偶然である可能性は1%未満》
ディッキンソニア片の体節が連鎖的に膨張し、波が走るように順番に動いていく。前章までの単発的反応とは異なり、今度は自律的な繰り返し運動に移行していた。
環境制御チャンバーのガス濃度を一定に保っても、リズムは止まらなかった。周期性は温度や光強度を変えても維持され、むしろ外的条件に合わせて微調整されているように見えた。
「周期が27秒に短縮。環境の変化に追従している」野間通信士が読み上げる。
「まるで……適応しているみたいだ」
藤堂の声は熱を帯びていた。
「適応、同調、同期……それは代謝制御そのものだ! 地球のエディアカラ紀では絶滅した系統が、火星ではまだ息をしている!」
星野は声を荒げた。
「その言葉を軽々しく使うな! 生命と断定した瞬間、我々は“蘇生させた責任”を負うことになる!」
その時だった。レンゲア片のフラクタル状の枝先が、一斉に光を放った。しかもその光は、チャルニオディスクスとディッキンソニアのリズムに完全に同期していた。三種の異なる生物が、同じ拍動で動いている。
「……これは、系統を越えた“ネットワーク”だ」藤堂が呟く。
AI〈Ω〉が解析を続ける。
《解析:三標本の発光周期 27.1±0.4秒。相関係数0.96。内部にエネルギー伝達経路が存在する可能性。定義上、“代謝ネットワーク”に類似》
星野は顔を強張らせた。
「代謝ネットワーク……? もしそれが本当なら、封鎖が破れたとき、未知の感染系が一斉に活動を再開する危険がある」
さらに実験は進んだ。
弱い赤色光を再び照射すると、チャルニオディスクスの繊維網全体が膨張し、その中心部から微細な流れが走った。蛍光トレーサーを用いた観察で、液体が節点から節点へ移動する様子が確認された。
「流動パターンがある! 単なる拡散ではなく、方向性を持った輸送だ!」
藤堂は叫んだ。
星野は顎を引き、冷ややかに告げた。
「……つまり、我々はいま“循環”を目撃している。だがそれは蘇生ではなく、断末魔の残響かもしれない」
AI〈Ω〉が補足する。
《流体移動速度:0.8マイクロメートル/秒。拡散モデルで説明できる確率32%。残余確率68%は未知の能動的機構を示唆》
全員がモニタに釘付けになっていた。三種の古代生物が、同じ周期で光り、同じリズムで膨張し、同じ流れを示している。
葛城副艦長が低く呟いた。
「これは……再生か、それとも残響か」
野間は記録端末に最後の一文を打ち込んだ。
——「火星の氷床は保存庫ではなく、生命を再起動する機構なのかもしれない」
誰もその文を否定しなかった。否定できなかった。
ラボを満たすのは、周期的な光と、波打つリズム。
それは、数億年を越えて響く鼓動のようだった。