表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1762/2254

第99章 形態の復元



 氷解が進み、標本の輪郭はかつてない鮮明さを帯びていた。真空恒温ステージの中央で、チャルニオディスクスの円盤状基部が完全に露出し、放射状に伸びる繊維束が幾重にも分岐して広がっていた。顕微鏡の拡大像は、地球で知られる「押し花状の化石」とはまったく異なる。ここにあるのは二次元の印象ではなく、立体的な生命の痕跡だった。


 「分岐角度……およそ137度。黄金角に近似」

 藤堂科学主任が声を低くした。

 「しかも繊維の太さが均一だ。偶然の成長痕とは思えない。明確な設計原理に従っている」


 彼は解析装置にデータを流し込み、分岐のパターンを三次元再構築した。モニタに浮かび上がった映像は、まるで複雑な葉脈の網目だった。フィボナッチ数列を思わせる枝分かれの連続、均整の取れた角度。自然界にもフラクタル構造は数多く存在する。だが、ここまで徹底して秩序だった形は、むしろ人工物のような精緻さだった。


 「自然は無秩序の中に秩序を生む。だが、これは“秩序のための秩序”だ」

 藤堂は吐き出すように言った。


 隣の氷片からは、レンゲア (Rangea) を思わせる葉状のフラクタル構造が立体的に立ち上がった。枝分かれは三方向に均等に繰り返され、まるで雪の結晶を巨大化したような幾何学的な姿を見せている。レンゲアは地球のエディアカラ紀で発見されたが、化石は常に押し潰されて二次元的だった。ここで目の当たりにしているのは、その三次元の原型だった。


 「信じられん……」野間通信士は端末を握りしめながら呟いた。

 「地球では二次元の影しか見えなかった。だが火星は、完全な姿を凍結保存していた」


 藤堂は頷きつつも、視線を逸らさなかった。

 「まるで“意図的に”冷凍保存されたようだ。自然の偶然にしては、あまりに完全すぎる」


 星野医務官がすぐに反論する。

 「言葉に気をつけろ。意図や保存という概念は推測にすぎない。我々が知るのは、氷中に構造体が存在する事実だけだ」

 彼女の声は冷静だったが、緊張の影を帯びていた。先週の感染死は彼女の警告が無視された結果だった。二度と同じ過ちは許されない。


 解凍滴を回収し、蛍光染色を施すと、繊維束の接合部に微細な結節が浮かび上がった。それは単なる枝の分岐ではなく、**管同士を繋ぐ“接合点”**だった。そこを起点に枝が広がり、全体として流体を巡らせるネットワークを形成していることが明らかになった。


 「ただの模様じゃない」藤堂が確信を込めて言った。

 「これは管網だ。水、あるいは栄養を運んでいたに違いない」


 野間が息を呑んだ。

 「それは……つまり“体内循環”があったということか?」


 「そう言い切るのは危険だ」星野がすかさず遮った。

 「だが、この規則性は単なる物理的沈殿では説明できない。……機能を持っていた可能性が高い」


 さらに別の氷片からは、ディッキンソニアの体節が明瞭に現れた。楕円形の体表に走るリブ構造は、ひとつひとつの区画が均等に分かれ、あたかも呼吸運動を行うかのように配置されていた。解析ソフトは、体節の比率が成長に伴って拡大する様子を示し、「成長段階の痕跡」を強く示唆していた。


 「動物の最古の祖先……その成長プロセスまで保存されているのか」藤堂は声を震わせた。

 「これは進化の起点を、火星で直接見ることに等しい」


 星野は顕微鏡から目を離さずに冷たく言った。

 「そして感染源の温床でもある。忘れるな」


 葛城副艦長は静かに全員を見渡した。

 「科学とリスクは常に表裏一体だ。ここで止めれば仲間の死は無駄になる。だが、踏み越えれば基地全体が危うい。選択は一つだ。二重封鎖を維持しつつ、観察を続行する」


 モニタに映し出された三次元像は、圧倒的な秩序を示していた。葉脈のようなチャルニオディスクス、雪の結晶を思わせるレンゲア、動物の起点を暗示するディッキンソニア。それらはすべて、数億年の沈黙を破り、今ここで姿を取り戻しつつあった。


 野間は記録端末に指を走らせながら、ふと手を止めた。

 「……これは報告書じゃ足りない。人類の進化史を火星が握っているんだ」


 その言葉に、誰も応じなかった。ただ機械の低い唸りが響き続け、氷の中の古代生物は、なおも黙して存在を誇示していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ