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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1757/2267

第94章 衝突のエネルギーはどこへ行く?



 衝突点のシミュレーション映像がスクリーンに映し出されていた。二本のビームが交差し、その中心から、色とりどりの線が四方八方に広がっていく。光の矢が花火のように飛び散り、外側の検出器に突き刺さる。


「この瞬間、粒子たちはどうなってるんですか?」

 西園寺葵は椅子の肘掛けに身を乗り出し、食い入るように尋ねた。

「ぶつかったエネルギーって、どこへ消えるんでしょう」


 久我隼人が手を組み、静かに答えた。

「まず覚えておいてほしいのは、エネルギーは消えません。エネルギー保存則がある限り、衝突のエネルギーは別の形に変わるだけです」


 セレステ・アンダーソンが補足する。

「高速で走る陽子には運動エネルギーが蓄えられている。衝突すると、そのエネルギーは“質量”に変換され、新しい粒子を生み出します。まさにアインシュタインの式  が働いているのです」


 葵は目を見開いた。

「じゃあ、衝突の火花は“新しい命”みたいなものなんですね。エネルギーが、質量という形になって生まれる……」


 エリザ・クラインがスクリーンに表示されたイベントディスプレイを指差す。

「この細い線は電子やミューオン、明るいブロックは光子やハドロンシャワー。すべて衝突で生まれた粒子です。ほとんどは既知の粒子ですが、ごくまれに新しい存在が混じることがある」


「その“まれ”を探すんですね」

 葵は頷きながらノートに書いた。

「エネルギー → 質量 → 新粒子」


 リュック・ベルモンがタブレットでグラフを示す。滑らかな線の上に小さな山が浮かんでいた。

「これは衝突の結果から再構成した質量分布です。山の位置は粒子の質量に対応します。過去には、この山がヒッグス粒子の存在を示した。つまり、衝突エネルギーが一瞬だけ“ヒッグス”という粒子を形にしたのです」


 葵は感嘆の声を漏らした。

「エネルギーの一部が、一瞬だけ“名前のある存在”になる……。そしてまた消えていく。まるで舞台の上で、役者が一行だけセリフを残して去っていくみたい」


 セレステが微笑む。

「そう、ほとんどの粒子は短寿命で、すぐに崩壊して別の粒子に変わります。でも、残された痕跡を組み合わせれば、“誰が一瞬ここにいたのか”を特定できるのです」


「そしてその“短い存在”こそが、私たちの宇宙観を変える」

 久我が言葉を添える。

「エネルギーは無駄にならない。新しい粒子や放射線、熱や光の形で、必ず記録に刻まれる」


 葵はノートを閉じ、胸に抱きしめるように言った。

「衝突は一瞬で消えるけれど、そのエネルギーは別の形で必ず残る。まるで宇宙が“私は嘘をつかない”って言ってるみたいですね」


 エリザが静かに頷いた。

「その通り。だからこそ、衝突は宇宙を解き明かす最良の手段の一つなんです」


 最後に葵はページの端にこう書き込んだ。

「エネルギーは消えない――それは宇宙の誠実さ」


 スクリーンの中で再び粒子の花火が弾ける。そこには、一瞬の煌めきに宿る確かな宇宙の法則が、静かに、しかし力強く刻まれていた。


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