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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1753/2229

第90章 質量とエネルギーの壁




 深夜の実験ホール。巨大な加速器の模型がライトに照らされ、金属の輪が壁一面を取り囲んでいた。西園寺葵はその中央に立ち、まるで舞台の観客のように見上げた。


「ねえ……質量が軽いものほど、光速に近づけやすいんですよね?」

 問いかける声は、静かな空間にやわらかく響いた。


 久我隼人がうなずきながら近づいてきた。

「その通り。電子のような軽い粒子は比較的容易に加速できる。逆に人間の体のように重いものは、到底不可能に近い」


 葵は腕を組み、じっと模型を見つめた。

「でも、どうして“無理”って言い切れるんですか? 質量があるからって、頑張ればいつか光速に届くんじゃないんですか?」


 エリザ・クラインが白板に数式を書き出した。

「特殊相対論では、運動エネルギーは


E = γmc²


 ここでγ=1/√(1 − v²/c²)。速度が光速に近づくと、このγが無限大に発散します」


 葵はペンを止め、目を見開いた。

「つまり……速くなればなるほど、必要なエネルギーが天文学的に増えていくってことですか?」


「そう。たとえば電子を光速の99.999%まで加速するのに必要なエネルギーは、静止時の数万倍以上になる。人間一人を同じ条件で加速するなんて、銀河全体のエネルギーを集めても足りないかもしれない」


 葵は頭を抱えて笑った。

「えーっ、じゃあ私をロケットで光速まで加速させるには、宇宙丸ごと燃料にしなきゃいけないってことですね」


 セレステ・アンダーソンが口を挟む。

「だから、現実的には“どこまで光速に近づけるか”が問題になる。たとえば光速の10%なら、まだエネルギーは有限で済む。ただしそれでも人類の現技術では難しい」


 久我が加える。

「CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)では、陽子を光速の99.999999%まで加速しています。けれど陽子は一粒でわずかな質量しかない。人間の体は10の28乗個もの粒子でできている。その差は絶望的です」


 葵はノートに大きく書き込んだ。

「光速の壁=エネルギーが無限大」


 リュック・ベルモンがゆっくりと説明を補った。

「加速器で粒子を衝突させる実験は、ある意味で“光速への挑戦”そのものなんです。けれど私たちが巨大な船を光速まで持っていくのは、エネルギーと技術の両面で壁にぶつかる」


 葵はじっと考え込んだ。

「つまり……質量がある限り、私たちは永遠に光速を越えられない。これは宇宙が仕組んだ“物理の鉄格子”みたいなものですね」


 その比喩に、セレステは少し笑った。

「言い得て妙だわ。宇宙は自由を与えるけれど、同時に越えられない檻を設けている」


 葵は最後にノートにまとめた。

•軽い粒子 → 光速近くまで加速可能

•重い物体 → 必要エネルギーが膨大すぎる

•光速は“近づけても越えられない壁”

•人類の技術では、せいぜい光速の数%〜20%が目標


 そして端に小さな落書きをした。

黒い鉄格子の中に「c」と書かれた文字。


「でもね……鉄格子があるからこそ、外を覗いてみたいと思うのかもしれません」


 研究者たちはその言葉に微笑み、誰も否定しなかった。


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