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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1749/2229

第86章  銀河の誕生と太陽系の位置




 研究棟のカフェテリアには、深夜の静けさが漂っていた。自販機の柔らかな灯りと、壁際の水槽の青い光だけが、空間をかすかに照らしている。西園寺葵はカップに注いだ紅茶を揺らしながら、窓の外に広がる闇を見つめていた。


「銀河系って、いつできたんでしょうか?」

 ぽつりと呟いた声は、近くのテーブルでノートPCを開いていたリュック・ベルモンの耳に届いた。彼は眼鏡を押し上げ、穏やかな笑みを浮かべた。


「およそ130億年前です。宇宙そのものが誕生してから数億年後には、すでに小さな原始銀河が形成されていた。銀河系はそうした小銀河が合体し、成長して現在の姿になったと考えられています」


 葵は椅子を回して彼に向き合い、ノートを開いた。

「宇宙の年齢が138億年ってことは……銀河系はかなり古株なんですね」


「そう。もっとも、当時の銀河は今のように整った円盤ではなく、星々がまだ混沌とした集まりにすぎなかった。やがて重力でまとまり、渦巻きの腕を広げ、今の姿になった」


 そこへ久我隼人がトレイを持ってやって来た。コーヒーを置きながら口を挟む。

「そしてその中心には、例の超大質量ブラックホールが育っていった。銀河の心臓の鼓動に合わせて、星々の軌道も安定していったわけだ」


 葵はペン先を唇に当て、考え込む。

「じゃあ、私たちの太陽系はそのどのあたりで生まれたんですか?」


「太陽系が誕生したのは、今から46億年前」

 セレステ・アンダーソンが隣の席に腰を下ろし、静かに答えた。

「つまり、銀河系ができてからずいぶん後のことです。銀河の歴史で言えば“後期の世代”にあたります」


「後期……」葵はその言葉を繰り返した。

「それは、どういう意味があるんですか?」


「重要な意味があります」

 セレステは指で机を軽く叩いた。

「初期の宇宙には水素とヘリウムしかほとんど存在しなかった。炭素や酸素、鉄のような重元素は、初代の恒星が核融合と超新星爆発で作り出し、宇宙にばらまいた。だから、太陽系が誕生できたのは“先輩の星たち”が命を燃やし、その遺産を残してくれたおかげなんです」


 葵は瞳を大きく見開いた。

「つまり、私たちの体にある鉄や酸素は、ずっと昔の星の死骸……?」


「そう」

 久我が穏やかに答える。

「人間は星屑からできている、というのは詩的な表現ではなく、科学的な事実です」


 しばし沈黙が流れた。葵は紅茶をひと口すすり、ゆっくりと息を吐いた。

「私たちは銀河の歴史の“晩年の章”で生まれた存在なんですね」


 リュックは首を横に振った。

「晩年というより、成熟期です。初期の混沌を抜け、重元素が豊かに蓄えられ、惑星や生命が生まれる条件が整った。太陽系は、その絶妙なタイミングで生まれたのです」


 葵はノートに大きな字で書き込んだ。

「銀河系=130億年 太陽系=46億年」

 その横に赤字で線を引いた。

「太陽系は“後期の子ども”」


「銀河系のどこにあるのか、気になりませんか?」

 セレステが軽く笑って尋ねた。


「もちろん!」

 葵は勢いよく顔を上げた。


「太陽系は、銀河の中心から約2万6千光年離れた位置にあります。ちょうど渦巻銀河の腕の一つ、“オリオン腕”と呼ばれる小さな腕の中」


 久我が補足する。

「中心に近すぎれば超新星やブラックホールの影響が強すぎる。逆に外れすぎれば重元素が不足して惑星が作れない。太陽系はその中間、まさに“生命が生まれるのにちょうどいい”銀河の居場所を得たんです」


 葵はノートの余白に小さな渦巻きを描き、端のあたりに「太陽系」と印をつけた。

「銀河の片隅の、でも奇跡的に居心地のいい場所……。私たちはそこに生まれたんですね」


 彼女の声には、不思議な温かさがこもっていた。


 カフェテリアの時計が深夜を告げると、誰もが自然に立ち上がった。

 葵はノートを閉じ、胸に抱きながら呟いた。

「銀河系の物語の中で、私たちのページはほんの一枚。でも、その一枚がなかったら、この宇宙に“私”という読者は存在しなかった」


 研究者たちはその言葉に静かに頷き、窓の外の闇を一緒に見つめた。

 そこには、太陽系を抱く銀河の腕が、見えないながらも確かに伸びているのだった。


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