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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1746/2267

第82章 ブラックホールはその後どうなる?




 深夜の研究棟。窓の外には静かな闇が広がり、遠くの地平に街の灯がにじんでいた。

 西園寺葵は、自販機で買った缶コーヒーを片手に廊下を歩きながら、昼間の議論を思い返していた。

 銀河系の中心に潜む超大質量ブラックホール――その存在は彼女に強い衝撃を与えた。だが、すぐに次の問いが浮かんでくる。


「……そんなブラックホールも、いつかは消えるんでしょうか?」


 呟きに答えるように、背後から声がした。

「その疑問、いいですね」

 振り返ると、宇宙論の専門家リュック・ベルモンが立っていた。眼鏡の奥の瞳が静かに輝いている。


「ブラックホールは永遠じゃありません」

 彼は廊下の端に置かれた長椅子に腰掛けると、ノートPCを開き、数式とグラフを映し出した。

「ホーキング放射――聞いたことがありますか?」


 葵は首をかしげた。

「名前だけ。なんだか“ブラックホールが光る”っていう不思議なお話ですよね」


 リュックは頷いた。

「量子力学と一般相対論を組み合わせると、事象の地平面の近くで粒子と反粒子の対生成が起こり得る。片方がブラックホールに落ち、もう片方が外に逃げると、外から見るとブラックホールが粒子を放出したように見えるんです。

 これを積み重ねると、ブラックホールは少しずつエネルギーを失い、やがて蒸発して消える」


 葵は目を丸くした。

「ええっ、あの“何でも飲み込む怪物”が、最後は消えちゃうんですか?」


「理論上は、そうです」

 リュックの声は穏やかだった。

「ただし、かかる時間は桁外れに長い。太陽質量程度のブラックホールなら、蒸発に必要な時間は10の67乗年。宇宙の現在の年齢が138億年だから……想像もつかないでしょう?」


 葵は思わず笑ってしまった。

「それって、私の寿命どころか、人類の歴史どころか、地球が何回生まれ変わってもまだ足りないじゃないですか!」


「その通り。だから実際に観測される可能性はほぼゼロです。けれど、ブラックホールの運命を考えることは、宇宙の未来を見通すことにつながるんです」


 エリザ・クラインが合流し、話に加わった。

「宇宙が膨張し、星が燃え尽き、銀河が暗黒の時代を迎えたとき――最後まで残るのはブラックホールだと言われています。そしてさらに気の遠くなる時間をかけて、ホーキング放射で蒸発し、熱的に均一な宇宙へと向かう」


 葵はじっと耳を傾け、ノートに大きく書き込んだ。

「宇宙の終末=ブラックホールの消滅」


 そして、ふと顔を上げる。

「でも、それって……ブラックホールの中に“閉じ込められた情報”も、一緒に消えてしまうってことなんですか?」


 部屋に一瞬の沈黙が落ちた。

 リュックは苦笑を浮かべた。

「そこが最大の謎です。ホーキングは“情報は失われる”と最初は考えました。けれど、それは量子力学の原理と矛盾する。最近では“情報は何らかの形で保存される”という説が有力になっています。ブラックホールの表面にホログラムのように記録される、というアイデアもある」


 葵は目を輝かせた。

「じゃあ、ブラックホールは宇宙の“巨大な黒いUSBメモリ”ってことですね!」


 久我隼人が後ろから顔を出し、吹き出した。

「あなたの比喩はいつも妙に的確だな。ええ、ブラックホールは宇宙最大の記録媒体かもしれません」


 葵はページの端に落書きをした。黒い円の中に「USB」と書き、そこから光の粒が飛び出していく。

「いつか全部消えるにしても、その情報がどこへ行くのか……それを解き明かすのが物理学の未来なんですね」


 エリザが頷く。

「その通り。ブラックホールの行く末を追うことは、量子重力理論の探求そのものでもある。アインシュタインの相対論と、量子力学を結びつけるカギがここにあるかもしれない」


 葵はペンを置き、少し寂しげに微笑んだ。

「……宇宙の最後の灯が消えるまで、人間はもう存在しないんでしょうね。でも、それを想像するだけで、不思議と胸が高鳴るんです」


 研究者たちは静かに彼女の言葉を聞き、誰も否定しなかった。

 ブラックホールの未来は、遠すぎて手が届かない。けれど、その想像こそが科学の灯火を支えている。


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