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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1744/2267

第80章 ブラックホールの“停止”は誰の目に?




 西園寺葵は、研究施設の一角にある展示室で足を止めた。壁にはブラックホールを描いた巨大なCGが映し出されている。闇の中心に渦を巻き、光さえ飲み込む円。周囲の光はぐにゃりと曲がり、歪んだ鏡のように映っていた。


「ねえ、ブラックホールの表面では時間が止まるって聞いたことがあります」

 葵はノートを抱えたまま、映像を指差した。

「もしそこで時計を動かしたら……本当に針は止まってしまうんですか?」


 エリザ・クラインが背後から現れ、冷静な声で答えた。

「観測する立場によります。外から見れば、事象の地平面に近づく物体の時間はどんどん遅くなる。無限に引き伸ばされ、まるで止まったように見える」


「じゃあ、そこにいる本人は?」

 葵は食い下がるように問い返した。


 セレステ・アンダーソンが代わって説明した。

「本人にとっては、何も異常はない。自分の時計は普通に刻み続ける。ただし、やがて脱出できない領域に入る。だから“止まって見える”のは外から眺めている人にとっての現象なのです」


 葵はしばらく黙り込み、映像の暗い渦を見つめた。そこに吸い込まれる時計のイメージが、頭に浮かんでくる。外から見れば止まったまま、しかし本人にとっては刻み続ける――二重の真実。


「それって……過去の情報が全部、表面に貼り付いているみたいなことですか?」

 声は思わず低くなった。


 エリザの瞳が鋭く光る。

「その通りです。ブラックホールの表面には、外から見れば過去に落ちたすべての情報が“凍りついた”ように映る。ホーキングはこれを“情報のパラドックス”と呼びました。落ちた情報は消えるのか、それとも保存されるのか――宇宙物理の最大の謎のひとつです」


 葵はノートに震える手で書き込んだ。

「ブラックホール=宇宙の記憶装置?」


 彼女の問いに、セレステは少し微笑み、首を振った。

「そう考える人もいます。けれど、それを直接確かめる方法はありません。ただ一つ言えるのは、ブラックホールの周辺では“時間の流れ”という私たちの直感が完全に裏切られるということです」


 久我隼人が壁の映像を見上げながら言った。

「外から眺める者にとっては凍りつき、内側に落ちた者にとっては普通に流れ続ける。まるで同じ小説を、二人の作家が別々の結末で書いているようなものです」


 葵は唇にペン先を当て、ふっと笑った。

「なら、私はどちらの結末も読みたいわ」


 その場にいた誰もが、その無邪気で残酷な願いに答えられず、ただ静かに闇の渦を見つめていた。


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