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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1741/2254

第77章 時間はどれだけ遅らせられるか




 「ねえ、時間って、どれくらい遅らせることができるんですか?」

 西園寺葵は、ソファに腰掛けながら、わざと甘えるような声で問いかけた。

 研究者たちは思わず顔を見合わせる。彼女の質問は、単純で大胆、そして核心を突いていた。


相対論の公式から


 エリザ・クラインが静かに口を開いた。

「特殊相対論の式を思い出しましょう。運動する時計の時間は、静止している観測者から見て


t′=t × √(1 − v²/c²)


 で遅れます。vが光速に近づけば近づくほど、この平方根は小さくなり、時間は限りなく遅くなる」


 葵はノートに大きく「√(1 − v²/c²)」と書き、ペンでぐるぐる囲んだ。

「じゃあ、光速に近づけば、時間をほとんど止められるってことですか?」


「そう。ただし“止められる”のではなく、“外から見れば止まって見える”のです。本人にとっては普通に進んでいる」


実験的な証拠:ミューオンの寿命


 久我隼人が補足した。

「実験的な証拠もあります。宇宙から飛び込んでくるミューオン粒子は、地上に到達する前に崩壊するはずなのに、実際には大量に観測されます。

 これは、光速に近い速度で飛んでいるため、寿命が数倍に延びているからです」


 葵は目を輝かせた。

「つまり、ミューオンは“相対論的に長生き”してるわけですね!」


「ええ。加速器の中でも同じ現象が見られます。粒子は外から見れば長生きする。これが時間遅れの典型的な証拠です」


重力による遅れ


 セレステ・アンダーソンが手を挙げた。

「速度だけでなく、重力でも時間は変わります。一般相対論によれば、強い重力場では時計の進みが遅くなる。ブラックホールの近くなら、その効果は極端です」


 彼女はスクリーンにカーブした時空の図を映した。

「たとえば地球の中心に近い原子時計は、地表のものよりほんのわずかに遅れます。高層ビルの屋上と1階でも差が出るほどです」


 葵は思わず笑ってしまった。

「ということは、地下室で暮らしてる人の方が、屋上にいる人よりわずかに老けにくいってことですか?」


 研究者たちは苦笑しつつもうなずいた。


宇宙飛行士の「若返り」


 久我が具体例を挙げた。

「国際宇宙ステーションの飛行士は、半年滞在すると、地上の人より数ミリ秒だけ若返ります。

 高速で動いているため特殊相対論で時間が遅れる一方、地球の重力から少し遠ざかっているため一般相対論で時間が進む――両方の効果が競い合う結果です」


 葵はノートの余白に「宇宙飛行士=ちょっとだけ浦島太郎」と書き、にやりと笑った。


どこまで可能か?


 エリザが声を引き締めた。

「結論を言えば、速度を光速に近づけるか、重力の非常に強い場に行くことで、時間はどこまでも遅くできる。ただし“完全に止める”ことはできません。

 v=cでは式が破綻する。光速は越えられない壁です」


 葵は頬杖をつきながら考え込んだ。

「じゃあ、もし宇宙船を光速の99.9999%まで加速できたら?」


「その場合、地球で数百年が経っても、乗員にとっては数年しか経たないでしょう。理論上は可能です。エネルギーさえ無限にあれば」


萌絵らしいまとめ


 葵はノートのページいっぱいに大きく書いた。


「時間遅れは速度と重力で実現」

•光速に近い運動 → 遅れる

•強い重力場 → 遅れる

•宇宙飛行士 → 数ミリ秒の若返り

•ミューオン → 数倍の長寿命


 彼女はいたずらっぽく笑いながら、最後に一文を添えた。

「つまり、若さの秘訣は“光速とブラックホール”?」


 研究者たちは呆れ顔で笑い、エリザは小さくため息をついた。

「まあ、原理的には間違っていませんけどね」


 葵は満足げにノートを閉じた。

 ――時間を遅らせる方法は確かに存在する。

 次に浮かぶ問いはただ一つだった。


「……逆に、時間を逆転させることはできないの?」


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