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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1
174/2197

第93章:二隻の巨艦、それぞれの航路


呉の朝は、まだ薄暗い。しかし、軍港はかつてないほどの緊張と、そして静かなる決意に満ちた活気に包まれていた。イージス艦「まや」の艦橋から、秋月一等海佐は、隣に停泊する戦艦「大和」を見つめていた。その巨大な艦体には、「まや」の下士官、曹士たちが乗り込み、未来への帰還という、かすかな希望を胸に抱いていた。彼らの表情は、不安と期待、そして残る上官たちへの信頼が複雑に混じり合っていた。


「まや、全区画、出港準備完了!」副長の報告が、艦橋に響く。


「大和、全区画、出港準備完了!」有馬艦長の声が、微かに無線越しに聞こえてくる。


秋月は、艦橋の窓越しに、大和の艦橋に立つ有馬艦長の姿を捉えた。有馬もまた、秋月に視線を向け、深く頷いた。言葉は交わさずとも、二人の間には、互いの使命と、この国の未来を賭けた、静かで揺るぎない決意が通じ合っていた。


「まや、スプリングラインを緩め、ブレストラインを放せ!前進微速、取舵5度!」秋月は、低い声で、しかし明確に命じた。


「大和、スプリングライン緩め!ブレストライン放せ!前進微速、面舵5度!」有馬もまた、その巨艦に命を吹き込むかのように、号令を発した。


艦橋では、航海士が素早く操舵を行い、巨大な艦体がゆっくりと岸壁を離れていく。港には、早朝にもかかわらず、多くの海軍関係者、市民、そして大本営の幕僚たちが集まっていた。彼らは、静かに、しかし熱い視線で、日本の命運を背負う二隻を見送る。旗を振る者はいなかった。ただ、深く頭を垂れる者、静かに手を合わせる者、そして、その姿を瞳に焼き付けようとする者だけがいた。


まず「まや」が、その流線型の艦体を滑らせるように静かに航路を取り始める。そのステルス性を示すかのように、波を切る音も最小限だ。それに続き、「大和」の巨体が、重々しく、しかし雄大な姿で動き出した。巨大な主機が唸りを上げ、スクリューが水を掻き、白波が船尾に沸き立つ。その存在感は、港を包む冷たい空気を震わせるかのようだった。


「帽振れ!」有馬艦長の声が、大和の艦橋に響く。


古き良き海軍の伝統に従い、大和の乗員たちが一斉に帽子を振り、岸壁への別れを告げた。その動作は、未来を知る彼らにとって、この時代の最後の別れを意味していた。


同時に、「まや」からも、舷側に整列した僅かな士官たちが、整然とした動作で帽振れの答礼を行った。その動作は、未来の技術と使命を背負う彼らの、静かなる決意の表れでもあった。


それぞれの目的地へ:戦略的航路

「大和」は、そうりゅうと合流するタイムスリップポイントへ向かうため、瀬戸内海を西へと進路を取った。その座標は北緯30度、東経131度。歴史上、大和が轟沈した場所であり、同時にそうりゅうがこの時代に転移し、再び時空の歪みが検知された特異点だ。有馬艦長は、航海士に厳密なコース指示を与えた。「豊後水道を南下、速力20ノットを維持せよ。周辺海域の哨戒警戒を厳にせよ」。大和の速度では、そこまで約12時間を要するだろう。未来への希望を乗せた巨艦は、その重い船体を揺らしながら、歴史の節目となる海域へと向かっていく。


一方、「まや」は、対空迎撃任務のため、瀬戸内海を東へと進み、紀伊水道を経て太平洋へ。その目標は、高知沖合、北緯32度、東経134度付近だった。テニアン島から飛来するB-29爆撃機を最も効果的に迎撃できる地点として、秋月が割り出したポイントだ。秋月は航海士に指示を出す。「友ヶ島水道を抜け、紀伊水道へ。速力25ノット、対空警戒を最大に。索敵レーダーは広域モードで継続監視」。高知沖までは約6時間の航程となる。その経路は、かつて日本海軍の精鋭艦隊が幾度となく出撃し、そして帰還した歴史的な海路だった。


佐田岬半島沖を通過し、それぞれの艦が太平洋の広大な海へと出た時、夜の帳は完全に落ちていた。漆黒の海に、互いの艦影はすでに小さくしか見えない。艦隊運動というよりは、それぞれの艦が単独で、巨大な使命を帯びて闇の中へと進んでいく。


「まや」の艦橋から、秋月は遠くに見える大和の微かな灯りを見つめていた。そして、最後の別れの合図を送るべく、指示を出した。


「モールスで、モールスで合図を送れ。『武運長久』と」


大和の探照灯が、暗闇を切り裂くように明滅し始めた。その光は、遠く離れた「まや」の艦橋にも、はっきりと捉えられた。


・-・ ・-・ -・- ・-・・ -・・- ・-・ -・・ -・--

(B-U-U-N-C-H-O-U-K-Y-U - 武運長久)


それに呼応するように、「まや」の探照灯も、静かに、しかし力強く同じモールス信号を返す。


・-・ ・-・ -・- ・-・・ -・・- ・-・ -・・ -・--


暗闇の中で交わされる光の会話。それは、未来と過去の艦が、それぞれの運命へと向かう、静かで、しかし厳粛な別れの儀式だった。二隻の艦は、それぞれの使命を胸に、広大な太平洋の闇の中へと消えていった。日本の命運を背負い、彼らの戦いは、これからが本番となるのだ。

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