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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1739/2319

第75章 加速の旋律



 午前二時。

 制御室の照明が一段暗く落ち、スクリーンの中心に青い波形が浮かび上がった。なめらかに上下する曲線が重なり、まるで楽譜のように並んでいる。


「RF空洞、位相同期」

 山崎直哉の声が響く。


 陽子ビームはすでにリングを巡っている。だが、まだ“完成形”ではない。ここからは、リングに配置された数百の高周波加速空洞が一斉に稼働し、ビームに少しずつエネルギーを与えていく工程に入る。


 リュック・ベルモンがスクリーンを指し示し、葵の方へ顔を向ける。

「見えるだろう? あの波形の“谷”にビームをちょうど乗せる。ブランコをこぐとき、押すタイミングを合わせるように。押す位置がずれれば、力は伝わらない」


「つまり、音楽のリズムに合わせて演奏するみたいな?」葵が首をかしげる。


「その通り」リュックは笑った。

「ビームを演奏する。加速器は巨大な楽器なんだ」


 セレステ・アンダーソンがその比喩に続ける。

「調和が崩れれば、音は濁る。ビームも同じ。波形と位相が合わなければ、粒子は散らばってしまう。でも、正確に合わせれば、何十億の粒子が一斉に“音”を奏でる」


 葵は胸の奥がふるえるのを感じた。

「加速は音楽」――手帳に大きく書き込む。


 そのとき、鶴見が冷却モニタに目を走らせる。

「磁場調整、完了。ビーム束半径、収束」


 彼は報告を終えると、端末に映る数値を見ながら小さく付け加えた。

「数十マイクロメートルまで絞った。髪の毛の千分の一以下だ」


「そんなに?」葵が驚く。


 エリザ・クラインが補足する。

「それほどに細く絞られた矢同士を、数百メガヘルツのリズムで繰り返し交差させる。衝突の確率を少しでも高めるために」


 スクリーンに数値が流れる。1.0、2.5、4.0……。数字はゆっくりと上がり、やがて「6.5」の表示で止まった。


「ビームエネルギー、6.5テラ電子ボルト到達」

 山崎の声が制御室に響く。


 一瞬の沈黙ののち、レベッカ・ハワードが端末から顔を上げる。

「安定化完了。イベントレート計測準備に入ります」


 葵はスクリーンに釘付けになった。無数の粒子が見えない速度で走っているはずなのに、彼女の目には、リング全体が光の旋律を奏でているように思えた。

「加速の旋律……」

 その言葉が思わず口をついて出る。


 セレステが静かに頷いた。

「ええ。宇宙の始まりの鼓動を、人間が地下で再現しているのよ」


 午前二時三十分。

 「安定ビーム」の文字が再びスクリーンに表示される。これで、衝突実験の幕が開く。


 葵は手帳を閉じ、胸に抱きしめた。

「人類は、宇宙の楽譜を読み取ろうとしている……」


 制御室の静けさの中に、確かな高揚が漂っていた。


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