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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1738/2230

第74章 同じ「秒」ではない



 「でもね、やっぱり納得いかないんです」

 葵はペンをくるくる回しながら、わざと子供っぽく唇を尖らせた。

 光時計の話は理解した。運動する時計は遅れる。GPSの補正も、その結果だ。

 ――でも。


「だって、“時間が遅れる”って言っても、本人にとっては普通に一秒ずつ刻んでるんですよね? それなら“本当の一秒”ってどこにあるんですか?」


 挑発するような視線を送ると、久我隼人は苦笑し、エリザ・クラインはわずかに眉を動かした。

 セレステが肩をすくめ、ホワイトボードに近づく。

「いいですね。いよいよ固有時の出番です」


固有時と座標時間


 セレステはチョークで二本の線を描いた。一つはまっすぐ進む線、もう一つは曲がりくねった線。

「固有時とは、自分自身が体験する時間。つまり、自分の胸ポケットの時計が刻む秒針です。

 一方、座標時間とは、外部の誰かが作った“地図上の時間”。たとえば、地球の中心から見た宇宙船の経路に付けられる目盛り。


 この二つは、必ずしも同じではないんです」


 葵は勢いよく手を挙げた。

「じゃあ、宇宙船のパイロットは“自分の時計が正しい”って言い張れるんですか?」


「もちろん」

 エリザが淡々と答える。

「物理は観測者に優劣をつけません。それぞれの固有時は正しい。ただし、別の観測者と比べるとズレが生じる。これが相対論です」


世界線という考え方


 葵は机に身を乗り出した。

「じゃあ、“誰が本当の時間を刻んでるか”なんて、永遠に決まらないってことですか?」


「決まらないのではなく、意味を持たないのです」

 今度はリュック・ベルモンが口を挟んだ。宇宙論の専門家らしい落ち着いた声だった。

「相対性理論では、物体の運動は“世界線”という一本の線で表されます。その線に沿って流れるのが固有時。座標時間は、外から見た地図のようなもの。地図の縮尺が違えば、時間の目盛りも違って見える」


 彼は紙に一本の曲線を描き、その上に小さな時計の絵を載せた。

「宇宙飛行士にとっては、曲線に沿って進む自分の時計が唯一の時間。地上の観測者にとっては、別の座標で測られる時間。それだけのことです」


萌絵らしい直感


 葵はノートに線を引き、首をかしげてみせた。

「うーん、でも、それってちょっとずるくないですか? “どっちも正しい”なんて言い方、議論を煙に巻いてるみたいで」


 彼女はふっと笑い、ペンを唇に当てる。

「じゃあ、こう考えたらどうです? ――“私が体験する時間こそが真実”」


 少しお嬢様めいた断定に、研究者たちは思わず顔を見合わせた。

 エリザが小さくため息をついたが、否定はしなかった。

「実際、それが固有時の考え方に近いのです。あなたの体験は、あなたの世界線上で唯一のもの。他人と比較するまでは矛盾は生じません」


実験的な裏付け


 久我がスクリーンを操作し、グラフを表示した。

「この考えは単なる哲学ではなく、実験で確かめられています。高速で飛ぶ飛行機に原子時計を載せ、地上の時計と比較すると――ほんのわずかですが時間がずれる。

 国際宇宙ステーションの飛行士も同じ。半年滞在すると、地上の人間よりミリ秒単位で若返るんです」


 葵は目を丸くした。

「じゃあ、宇宙飛行士はタイムトラベラーみたいなものですね!」


「まあ、ほんの少しだけね」

 セレステが笑った。

「ただ、スケールが小さすぎて日常では気づかない。だから古典的な時間の感覚が支配している。でも、原理的にはいつでも“固有時の違い”がある」


葵のまとめ


 葵はノートのページを大きく使って、二つの見出しを書いた。

•固有時:観測者自身の時計が刻む時間。

•座標時間:外部の座標系で測られる時間。


その下に赤字で線を引いた。


「どちらも正しい。ただし比べるとズレる」


 彼女はにやりと笑った。

「なるほど。“私の時間が一番”って、科学的にも許されるんですね」


 研究者たちは苦笑混じりに頷いた。

 久我が呟く。

「ただし、その時間はあくまで“あなたの世界線に限って”ですがね」


 葵は肩をすくめた。

「それで十分ですわ。だって、私の人生は私しか歩けないんですもの」


 その言葉に、場が少し和み、次の議論への準備が整った。


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