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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1731/2331

第67章 常識としての3次元



 スタジオのライトが柔らかく灯り、カメラの赤いランプが点る。

 西園寺葵は椅子に腰かけ、視聴者の方へゆったりと微笑みを向けた。背後の大型スクリーンには、東京の街並みを映した映像が流れている。高層ビルが立ち並び、人々が歩き、車が走り抜ける。見慣れた日常の光景だ。


 「皆さん、こんばんは。今日は“空間の次元”について考えてみましょう」


 彼女の声は落ち着いていて、どこか楽しげでもある。画面の隅に「科学特集:次元とは何か」の文字が浮かぶ。


 「私たちが暮らしている世界は、縦・横・高さの“3次元”です。たとえば、このコップを見てください」


 葵は手元の透明なガラスのコップを持ち上げる。カメラがクローズアップし、観客はその立体感を捉える。


 「縦の高さ、横の幅、奥行き。この3つの方向を組み合わせることで、私たちは空間を認識しています。これは当たり前すぎて、普段は意識すらしません。でも、改めて考えると不思議だと思いませんか? どうして“3つ”で完結しているのでしょう」


 画面が切り替わり、CG映像で人の家の部屋、机、椅子などが回転して表示される。立方体が縦・横・高さで描かれる様子が示される。


 「私たちの身体も、日常の道具も、都市の建物も、すべて3次元空間で記述できます。数学でいえば、三つの座標軸を与えれば十分です」


 ここで葵は一拍置き、スクリーンに原子模型の映像が浮かぶ。電子が核の周囲を確率雲として取り巻いている。


 「原子の世界に入ってみましょう。電子は軌道に存在する……とよく言われますが、実際には“確率の雲”です。それでも私たちは、その雲を3次元の広がりで描きます。x、y、z軸のどこに電子がいるかという形で扱うのです」


 彼女はカメラに向かって小さく笑った。


 「つまり、日常のスケールから原子のスケールに至るまで、空間は一貫して3次元で説明できます。これは物理学にとっても、揺るぎない“常識”とされています」


 再び映像が切り替わり、量子力学の波動関数を示すグラフが現れる。三次元空間で確率振幅を描いたカラフルなCGだ。


 「量子力学でも同じです。波動関数は、3次元空間における確率振幅として定義されます。電子も陽子もニュートリノも、私たちが測定する限りは“三次元的な存在”なのです」


 観客に向ける視線は明るいが、その奥に小さな挑発を込めていた。


 「ここまでは、安心してください。科学も日常も、同じ“3次元”で繋がっています。……でも」


 葵は少し表情を引き締めた。背後のスクリーンには地球のCGが映し出され、徐々にズームインしていく。都市、建物、分子、原子へと映像が縮小されていく。


 「このズームをもっともっと続けたらどうなるでしょう? 原子より小さな素粒子の世界、そしてさらにその奥へ……」


 画面が暗転し、疑問符が浮かぶ。


 「“3次元”は、そこでも通用するのでしょうか?」


 スタジオの照明が落ち、彼女の横顔にだけスポットライトが当たる。


 「私たちが当たり前だと思っている“3次元”は、もしかしたら大きなスケールでの近似にすぎないのかもしれません。もっと小さな世界では、空間の性質そのものが変わってしまう可能性があるのです」


 静かな間。観客に疑問を残すように、葵は微笑む。


 「この問いを追いかけていくと、プランク長という“極限のスケール”に辿り着きます。そこでは、物理学の常識は一度すべて揺らぎ始める……」


 背後のスクリーンに、10⁻³⁵メートルという数字が浮かぶ。人間の髪の毛の太さと比較し、さらに電子、陽子と縮尺を下げ、最後に「到達不能」と記された点へと映像が吸い込まれていく。


 「では、この極限の先にあるのは何でしょうか。私たちはまだ答えを持っていません。けれど、いま世界中の科学者たちが挑もうとしているのは、まさにこの謎です」


 葵は手帳を取り出し、ペンで走り書きをした。

 ――「3次元は、常識にすぎないのかもしれない」


 そしてカメラへ視線を戻し、やわらかく締めくくる。

 「ここまでが“常識としての3次元”。次回は、その常識が揺らぐ場所――プランク長の世界を覗いてみましょう」


 照明がフェードアウトし、番組は次章への予告を残して幕を閉じた。



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