第92章 イージス艦に残された使命は、二つ
一方で、「まや」の士官たちは、全員がこの地に残り、使命を全うすることを志願した。副長が確認した通り、下士官や曹士抜きでも、「まや」の航行と迎撃兵装の操作はなんとか可能であり、最低限の運用は維持できることが分かっていた。
大和への人員移送が完了し、「まや」の艦橋に残ったのは、秋月以下の士官たちだけとなった。静まり返った艦橋で、秋月は彼らの顔を一人ひとり見回した。皆、疲労困憊しているはずだが、その瞳には、使命を果たすという強い光が宿っていた。彼らは、自分たちが未来から来た者であり、この国の悲劇的な歴史を変えるために、ここにいるのだという自覚を共有していた。
「諸君」秋月は、静かに、しかし力強く語りかけた。「そうりゅうは、未来への帰還の道を切り開いた。そして、我々の同胞を大和に託し、帰還の可能性へと向かわせた。ならば、我々『まや』に残された使命は、二つだ。一つは、イージス艦『まや』をもって、テニアンより飛来する原子爆弾搭載機を、少なくとも一発は阻止すること。残弾は数発しかないが、我々の技術ならば、それは決して不可能ではない」。
彼の言葉に、士官たちの間に、静かな闘志が燃え上がった。彼らは、自分たちの持つ未来の力が、この時代の絶望を打ち破る唯一の手段であることを理解していた。
「そして、もう一つの使命は…」秋月は、視線を遠く、皇居のある東の空に向けた。「東條陸軍大臣に同伴し、天皇陛下に早期の無条件降伏を受諾するよう、上申に皇居まで出向くことだ。これは、軍人として、そして日本人として、最も苦渋に満ちた選択である。
しかし、二つの原子爆弾が同時に投下されるという、史実を上回る悲劇を回避するためには、これこそが最も確実な道だ。我々が知る未来では、もし降伏がもう少し早ければ、広島と長崎の悲劇は避けられた。その歴史を、我々の手で変えるのだ」。
その言葉に、士官たちの顔に、再び重い表情が浮かんだ。軍人にとって、降伏の進言は、何よりも耐え難い屈辱である。しかし、彼らは、未来を知る者として、その選択が、数百万の国民の命を救う唯一の道であることを理解していた。
「我々は、この時代の日本に残り、最後まで使命をまっとうする」秋月は、決然とした声で宣言した。「この国の未来を、我々の手で切り開くのだ。直ちに、皇居へ向かう準備を始めろ。そして、迎撃態勢を維持せよ。いよいよ、我々の使命の実行に着手する時が来た」。
「はっ!」士官たちは、一斉に、そして力強く応えた。彼らの声は、沖縄沖合の朝の空に響き渡り、新たな戦いの始まりを告げていた。イージス艦「まや」は、この時代に残り、日本の運命を左右する、最後の賭けに挑むこととなる。