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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13
1729/2311

第65章 到着 ― 科学の都ジュネーヴ



 機体が着陸態勢に入り、窓の外にアルプスの山並みが見えてきた。白雪を戴いた峰々が陽光に輝き、眼下には湖畔の都市ジュネーヴが広がる。湖面に映る街並みの光景は、東京ともニューヨークとも異なる落ち着いた気配を纏っていた。


 「……ここが、科学の最前線になるのね」

 西園寺葵は、シートベルトを締めながら呟いた。同行するテレビクルーは機材の最終チェックに余念がない。カメラマンの斎藤はレンズを磨き、音声担当の杉本はマイクの感度を確かめている。国際取材班にとって、今日の一日は特別だ。


 空港に降り立つと、そこはすでに“国際会議場”の空気を帯びていた。各国の旗が掲げられ、巨大な横断幕には《ECLH GRAND OPENING》の文字。スーツ姿の研究者、記者、政治家が行き交い、十数カ国語が同時に飛び交っている。


 「わぁ……言葉が渦巻いてる」葵は思わず笑った。

 同行スタッフが肩をすくめる。

 「翻訳AIをオンにすれば済むんですけどね」

 「いいえ、この雑踏の“生の音”こそ取材の素材よ。科学は言葉を超えるけれど、同時に言葉に包まれているのだから」


 葵は手帳を取り出し、ページを開いた。

 ――「科学は多言語の海を泳ぐ」

 その一行を書き付け、カメラに向かって第一声を準備する。


 空港から専用バスで移動すること一時間。視界の先に、山脈の裾野を貫く巨大な施設群が姿を現した。

 直径100キロの円形トンネルが地下に埋設され、その上に点在するのは冷却塔と制御棟。さらに地平線へと伸びる直線構造体は、線形加速器と接続された《ハイブリッド区画》だ。地表に現れた建造物だけでも都市のような規模を誇り、巨大なエネルギーがここで眠っていることを想像させた。


 「……まるで地球にもう一つの“環”を描いたみたい」

 葵の言葉に、斎藤がカメラを回し始める。


 取材班はまず国際プレスセンターに案内された。吹き抜けのホールには各国メディアがひしめき合い、ディスプレイには施設の三次元模型が映し出されている。フランス語、英語、ドイツ語、日本語が順にスクリーンに翻訳され、世界同時中継の体制が整っていた。


 主催者の説明が始まる前、葵は一歩前に出てリポートを始めた。

 「視聴者の皆さん、ご覧ください。ここジュネーヴ郊外に完成した《ECLH》は、人類史上最大の科学実験施設です。目の前に広がるのは地下に眠る巨大な円環――その長さは100キロ以上。そして直線加速器を組み合わせることで、従来を遥かに超えるエネルギー領域に到達します」


 彼女は一拍置いて、視線をカメラに定めた。

 「けれど、ここで問うべきは“何を見つけるか”だけではありません。“それをどう社会に伝えるか”――その橋渡しこそが、私たちジャーナリストの役割です」


 周囲の研究者たちが一瞬こちらに目を向ける。その視線を受け止めながら、葵は続けた。

 「科学は閉じた円環ではない。社会と結びつくことで初めて“未来の環”となるのです」


 言い終えた瞬間、沈黙が訪れた。すぐに拍手が起きるわけではない。だが確かに、空気が変わった。隣にいた若い研究者が小声で呟く。

 「……すごいな。まるで最初の衝突実験よりも強烈な“前口上”だ」


 葵は万年筆を走らせ、手帳に記した。

 ――「科学は円環であり、同時に未来の環」


 その言葉を胸に、彼女は世界最大の科学実験の幕開けを迎えようとしていた。


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