第90章 別れの浜辺:未来へ託す想い
出港の時が来た。そうりゅうは、沖縄の港の奥深くに静かに停泊し、その周囲には、生き残った帝国海軍の兵士たち、そして何百人もの沖縄の民間人、中にはひめゆり学徒隊の少女たちの姿もあった。彼女たちの顔には、疲労と悲しみ、そして未来から来た「日本人」への、わずかな希望と感謝が入り混じっていた。
そうりゅうのタラップを降りたそうりゅう艦長と、乗り込むために列を作る海自の乗員たちの間に、彼らを率いる牛島満司令官が、歩み寄ってきた。戦史では、この地で自決したはずの牛島司令官が、今、彼らの目の前に立っている。顔には深い皺が刻まれ、その目は憔悴しきっていたが、その背筋は驚くほど伸びていた。
「貴官らには、感謝しかない」牛島司令官の声は、静かだったが、その言葉には、万感の思いが込められていた。「貴官らの介入がなければ、この沖縄は完全に焦土と化し、我々は無為に玉砕していたであろう。そして、ロナルド・レーガンのあの巨大な力…あれが、未来の兵器か」。彼は、沖合に座礁したロナルド・レーガンの巨大なシルエットに目を向けた。
そうりゅう艦長は、深く敬礼した。「司令官閣下。貴官らの戦いが、我々に未来を変える希望を与えてくれました。貴官らは、決して無為に戦ったわけではありません」。
牛島司令官は、そうりゅう艦長の目を見つめた。「貴官らは、元の時代に戻れると信じているのだな」。
「はい、その確信があります」そうりゅう艦長は、迷いなく答えた。「我々がタイムスリップした時空の特異点が、再び同じ場所で発生しています。そこへ到達できれば、元の時代へ帰還できるはずです」。
牛島司令官は、深く頷いた。「そうか…。もし、貴官らが元の時代に戻れたなら、我々の戦いが無意味でなかったことを、後の世に伝えてほしい。そして、この悲劇が二度と繰り返されないよう、未来の日本を守ってほしい」。彼の目には、未来への希望と、過去の重みが同時に宿っていた。
その時、ひめゆり学徒隊の少女の一人が、そうりゅう艦長に駆け寄ってきた。彼女の目は、恐怖と希望がない交ぜになっていた。「本当に…本当に、もうアメリカは来ないんですか?私たちは、もう勉強できるんですか…?」
そうりゅう艦長は、少女の小さな手を取った。「大丈夫だ。もう誰も、この沖縄を奪うことはない。君たちは、未来を生きるんだ。そして、二度と、戦争で学業が奪われることはない」。
浜辺に集まった人々は、そうりゅうを見上げていた。彼らにとって、この潜水艦は、地獄からの救世主であり、未来への架け橋だった。別れの言葉が交わされ、涙と感謝、そして未来への希望が入り混じった複雑な感情が、浜辺を包み込んだ。
そうりゅうの艦体が、ゆっくりとタラップを格納し、出港の準備を始めた。この瞬間、戦史が大きく書き換えられることが確定した。牛島司令官の生存、ひめゆり学徒隊や民間人の多数の生存、そしてロナルド・レーガンの無力化と沖縄の再占領阻止。これらは全て、史実とは異なる、そうりゅうともう一隻のイージス艦「まや」がもたらした、歴史への重大な介入だった。