第89章:沖縄を後に、未来への帰還
大本営での苦渋の決断を受け、そうりゅう艦長と秋月一等海佐による、タイムスリップ海域へ進出し、元の時代に戻る可能性に賭ける準備は、すでに沖縄で進められていた。
沖縄の港に停泊するそうりゅうの艦橋からは、荒廃した海岸線に散らばる艦船の残骸が見えた。いずもの焼け焦げた飛行甲板、むらさめの傾いた艦体、そしてその他の無数の駆逐艦や輸送船の残骸が、夕日に照らされ、その無残な姿を晒している。これらの残骸こそが、そうりゅうがタイムスリップ海域へ向かうための唯一の希望だった。
そうりゅうの乗員たちは、過酷な作業に従事していた。未来の潜水艦の燃料である高性能燃料電池は、この時代では補充不可能だった。そこで、彼らは残骸となった艦船の燃料タンクから、ディーゼル燃料をかき集めていたのだ。
「艦長、いずもの補助燃料タンクから、かろうじて3割程度の燃料を回収できました。むらさめや、他の駆逐艦の残骸からも、少量ずつですが集めています。合計で、どうにかタイムスリップ海域までの往復分を確保できる見込みです」斎藤三尉が報告した。彼女の顔は、油と埃で汚れていたが、その瞳には達成感が宿っていた。
これは、絶望的な状況下での、文字通りの「死体漁り」だった。しかし、この作業がなければ、彼らはこの時代に永遠に囚われることになる。そうりゅう艦長は、その作業を見つめながら、生存者全員をそうりゅうに乗せ、タイムスリップ海域へ向かうことを決意した。