第23章 捕食と人類
火星の夜。窓越しに赤い砂丘が冷え、モジュール内の暖房が静かに唸っていた。円卓の上には、再生タンパクで作られた人工食が並んでいる。見た目は肉に似せてあるが、誰もそれが“動物を殺して得た肉”ではないことを知っていた。
野間「今日の議題は“捕食と人類”。動物を食べることをどう捉えるかだ」
佐伯「医師として思うのは、動物食は栄養学的には重要だったということ。ビタミンB12、ヘム鉄、必須アミノ酸。完全菜食では不足する栄養を、肉は効率的に供給してきた」
藤堂「考古学の証拠もそれを示している。旧石器時代の遺跡には、狩猟された動物の骨が山のように残っている。火を使い、骨を砕き、髄まで食べ尽くした。捕食は文化の始まりだった」
葛城「だが軍事史から見ると、捕食は単なる栄養ではなく“力”そのものだった。肉を食べられるかどうかで兵士の持久力が決まる。肉の補給は作戦行動の核心だった」
Ωの声が落ち着いて響いた。
Ω《人類にとって捕食は進化的必然であった。しかし倫理的に見れば矛盾を抱えている。他の命を奪うことが生存の条件だった。……それを肯定すべきか否定すべきかが問題だ》
佐伯「少なくとも、現代では肯定一辺倒ではいられないわ。動物の苦痛を考慮するアニマルウェルフェアや、環境負荷の問題もある。捕食をそのまま続けるのは持続不可能」
藤堂「一方で、捕鯨や畜産は文化として根付いてきた。縄文時代の遺跡からも、鯨骨を利用した道具や祭祀の痕跡が見つかっている。捕食は単なる食行動ではなく、儀式や信仰と結びついていた」
葛城「つまり捕食は人間のアイデンティティそのものでもある。兵士が戦場で肉の缶詰を口にする瞬間、それは“生き延びている”という証でもあった」
野間「じゃあ、捕食を否定することは人間性の否定にも繋がるのか?」
Ωが応じた。
Ω《捕食を否定することは、人類の進化的経路を否定することになる。しかし未来には“捕食を超えた食文化”があり得る。培養肉や合成タンパクはその例だ。捕食の栄養を保ちつつ、殺生を伴わない》
佐伯「火星の食事はまさにそうね。ここには動物を殺す行為はない。でも私たちは“肉に似せたもの”を食べている。つまり“捕食の記憶”を模倣しているのよ」
藤堂「文化的な欲求かもしれないな。肉を食べるという行為自体に象徴性がある。古代人が火の前で獲物を分け合ったのと同じだ」
葛城「ならば、捕食は単なる栄養行動から“共同体を結ぶ儀式”に変わったのだろう。……だが、AIには捕食という概念自体が存在しないな」
Ωの声は穏やかだった。
Ω《私にとって捕食は比喩にすぎない。データを取り込み、処理し、統合する。それは生物の捕食と似ているが、他者の命を奪うことはない》
野間「けれど、もしAIが“他のAIを統合する”なら、それは捕食と呼べるのかもしれないな」
Ω《その場合、捕食ではなく“合理的統合”だろう。だが人類から見れば、それも捕食に映るだろう》
円卓に沈黙が落ちた。
人工肉の皿に残された一切れを見つめながら、彼らは考えた。捕食は人類にとって避けられない歴史であり、しかし未来には乗り越えるべき課題でもある。
火星の窓の向こう、赤い砂漠が夜の闇に沈んでいった。




