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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13

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第19章 火星長期滞在 ― 火星の夜と星空



 火星の夕暮れは、地球とはまるで違う表情を見せる。空は淡い橙から紫へと移り変わり、やがて深い藍に沈んでいく。薄い大気を透かして、星々が一斉に瞬き始める。地表モジュールにいた野間通信士は、観測窓に額を寄せていた。


 「……信じられない。こんなに星がはっきり見えるなんて」

 息を漏らした声に、背後から佐伯医官が笑った。

 「大気が薄いからね。地球の夜空とは比べものにならない。ここじゃ街灯も、湿度もない」


 観測窓の外には、驚くほど明るい星の群れが広がっていた。オリオン座、シリウス、そして遠くに青白く輝く地球。直径わずか十数ピクセルの光点にすぎないが、それが彼らの「故郷」だと思うと、胸の奥に冷たい痛みが走る。


 藤堂科学主任はカメラをセットし、分光装置で星のスペクトルを測定していた。学術的なデータ収集のためだが、同時にそれは自分自身の心を保つ儀式でもあった。

 「光は十三億年かけて届いている。人間の寿命なんて一瞬だ」

 呟く声に、葛城副艦長が肩をすくめた。

 「だがその一瞬の間に、俺たちはここまで来た」


 その言葉に、全員が黙った。外の宇宙は静謐で、モジュールの壁を透かして流れ込む冷気すら幻のように感じられる。


 ――同じ時刻、火星周回軌道の母船YAMATO。


 観測デッキでは、南條艦長が窓の前に立っていた。船体の外に広がるのは、地表からは見えない壮大な景色だった。赤銅色の火星全体が黒い宇宙に浮かび、その背後に散りばめられた星々が静かに輝いている。

 「やはり、惑星を外から見ると……孤独を実感するな」

 誰にともなく呟いた声を、山岸准尉が受け取った。

 「でも、地表チームがあそこにいる。完全な孤独じゃない」


 鶴見技術曹長は双眼鏡で地球を探した。微かな青い点を見つけた瞬間、胸の奥に熱がこみ上げる。

 「……あれが、全部だ。家族も、国も、戦争も、全部」

 彼は思わず深呼吸した。だが、吸い込む空気には地球の匂いはない。ただ再生された無臭の酸素が肺を満たすだけだった。


 母船から見る星空は、地表よりもさらに鋭く冷たい。大気がない分、星々は線のように鋭い光を放ち、静けさの中に突き刺さってくる。


 ――


 その夜、地表と母船は合同で「星空観測会」を開いた。モジュールと艦を通信回線で繋ぎ、映像を共有する。地表チームは窓越しに、母船チームは船外カメラを通じて、同じ夜空を見上げた。


 「お互いの視点を重ねれば、立体的な宇宙になる」

 藤堂がそう言い、二つの画像をモニター上で並べた。地表からの星と、軌道上からの火星。どちらも孤独な視点だが、並べてみると宇宙は確かに広がりを増した。


 やがて会話は「星座の思い出」に移った。

 「小さい頃、親父と一緒に夏の大三角を見た」

 「私は天文部で、流星群を一晩中追いかけた」

 「俺は……受験勉強の合間にベランダで夜空を眺めてたな」


 それぞれの記憶が、画面越しに交わされていく。星空は冷たいはずなのに、心の中には温かさが広がった。


 ――


 深夜、通信が切れた後も、野間は窓辺に座り続けていた。赤い大地の上に降り注ぐ無数の光。その中に、自分の未来を探そうとしていた。

 「帰還しても、この光景を忘れることはないだろう」

 彼はそう思った。


 母船の観測デッキでも、南條艦長が同じように窓を見つめていた。地球から遠く離れた場所で、同じ星を見上げる仲間がいる。その事実だけが、彼を眠りへと導く唯一の安らぎだった。


 火星の夜は冷たく、星々は残酷なほど美しい。だがその下で、彼らは人間であることを確かに思い出す。孤独の中で分かち合う星空こそが、火星生活を支える静かな支柱だった。


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