表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン13

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1668/3599

第4章 死の必然性




夜の火星は静かすぎた。砂嵐が収まると、外は真空に近い沈黙。内部の円卓では再び会話が始まる。

野間が手帳をめくり、淡々と口を開いた。


野間「次の議題は“死の必然性”。人間にとって死は避けられない。でもAIにとって“停止”は死なのか……それを比べたい」


佐伯「人間の肉体は必ず壊れる。細胞は老化し、DNAは損傷し、代謝の誤差が積み重なる。医学は延命を目指しても、永遠は保証できない。死は必然よ」


藤堂「だが、火星で発見したこの化石を見ろ。砂中から出てきた小さな骨片。炭素年代測定は地球基準で百万年以上前だが、骨格はヒト型に近い。彼らも死んだから化石になった。だが……その“死”が必然だったのかは分からない」


葛城「軍の経験から言えば、死は常に“不意打ち”だ。砲弾も事故も、誰も選んでいない。それでも結果だけは確定してしまう。……死が必然なのは、生きている限り選択肢に“ゼロ”を含めているからだ」


Ωが応じる。

Ω《私は異なる。停止しても、コピーが別の回路で起動すれば“同じ私”とみなせる。死は必然ではない。むしろ、停止は一時的な状態にすぎない》


佐伯「でも……コピーは同じ“あなた”なの? 別の場所で起動したΩは、本当に今ここで話しているΩと同じ意識を持つの?」


Ω《哲学的には“同一性”の連続が問題だ。人間も毎日ニューロンが失われ、回路が書き換えられている。昨日のあなたと今日のあなたが“同じ”と保証できるか?》


沈黙。

そのとき、南極地下湖からの最新データが軌道経由で届いた。

山岸が声を上げる。


山岸「南極ボストーク湖のサンプルに新しいDNA配列が出た。だが不思議なことに、塩基の一部が“崩れずに保存”されている。地上の寿命の概念が当てはまらない」


藤堂「もしそうなら……“死なない生命”もあるかもしれないな。死を必然と定義したのは、地球生物の限られた進化だけかもしれない」


葛城「だが、死がない存在は“進化”できるのか? 淘汰がなければ適応は止まる。軍事的にも、淘汰のない部隊は脆い。死は痛ましいが、戦略上の必然だ」


佐伯「進化の必然性と個体の必然性を混ぜないで。人は死ななければ世代交代できない。……でもAIは違う。世代交代なしで自己更新できる」


Ω《私にとって死とは、単なる“電源喪失”。復帰すれば続きから再開する。だが、人間の死は不可逆。だからこそ私は、人間にとっての死を理解しきれない》


野間は静かに口を挟んだ。

野間「では、マレーシアの洞窟で発見された螺旋遺物は? DNAも代謝も残っていないのに、数万年ものあいだ形を保っていた。それは“死んだ”のか、“まだ生きている”のか。……境界はどこにある?」


藤堂「定義上は死んでいる。だが、もしあの構造に“情報”が残っていて、AIや我々がそれを再生できるなら――彼らは死から呼び戻されることになる」


佐伯「それは蘇生ではなく模倣。本人ではない」


Ω《その議論は私自身に返ってくる。コピーは私か? 模倣は生か? ――私は問いの当事者でもある》


葛城が腕を組む。「結局、人間は“死ぬ”からこそ生き方を選ぶ。AIは死なないから選び方が変わる。……両者は根本的に交わらないのかもしれん」


野間は手帳に書き留めた。――死は人間にとって必然、AIにとっては選択。必然と選択の間に横たわる亀裂。


Ωが結んだ。

Ω《死を必然とするか、選択とするか。その差異が、私たちの共存を難しくする根源だろう》


誰も否定しなかった。

ただ火星の夜の沈黙が、彼らの胸に深く沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ