第2章 議論の始まり
火星の夕暮れは、不思議な静けさを伴っていた。外では砂嵐が金属の外壁を叩き、低い唸りが絶え間なく響いている。だが居住モジュールの内部は温度二二度、湿度四〇パーセントに保たれ、柔らかなランプの光に包まれていた。
夕食を終えた四人は、それぞれのカップを手にしていた。中身は再生水に粉末を溶いた疑似コーヒー。苦みは乏しくとも、飲む仕草そのものが心を落ち着けた。
藤堂科学主任は静かにカップを回しながら、テーブル中央に置かれたサンプルケースを見つめていた。透明な容器の中には、先日の掘削で発見された六角形の結晶片が収められている。光を反射するたびに、人工的な彫刻のような整然さを放っていた。
「……やっぱり、ただの鉱物には見えないな」
藤堂の呟きに、佐伯医官が顔を上げた。
「形が整いすぎている。生物が作った構造物みたい」
葛城副艦長は腕を組んだまま、窓越しに砂嵐を見ていた。
「この星は死んでいる。なのに、こんなものが眠っていた。……おかしいと思わないか?」
野間通信士は手帳を開き、何かを書き付けていた。習慣のように記録を残すのだ。ふと顔を上げて言った。
「おかしい、というより……問いを突きつけられてる気がする」
その瞬間、壁際のスピーカーが低く鳴った。AI〈Ω〉の声だった。
Ω《記録照合完了。サンプル結晶は地球の既知鉱物データベースに一致せず》
短い報告に、全員の視線が集まった。結晶は鉱物か、あるいは――。
ランプの光が小さな円卓を照らす。砂嵐の外音と機械の駆動音だけが背景に流れる。
誰からともなく、言葉が漏れた。
「……結局、これは“生きている”のか?」
沈黙が落ちた。だが、その沈黙は次の瞬間、自然に議論の場へと変わっていった。




