第128章 もうひとつの水面
接続が終わり、三人はアーカイブ室で静かに目を開けた。白いヘルメットを外したとき、現実の空気が肺に戻ってくる感覚は確かに鮮やかだった。けれど胸の奥には、拭い難いざらつきが残っていた。
三井悠人が沈黙を破った。
「……なあ、今見たのは本当に俺たちの歴史だったのか?」
岩崎達哉は窓の外、東京湾の水面を見つめた。
「分からん。けど確かに、俺たちが知る共和政日本じゃない。あれは別の史実だ」
住友美咲は両手を膝に置き、低く呟いた。
「私たちの世界と、もうひとつの世界が重なっている……そんな感覚が消えないの」
室内の壁に埋め込まれた光点が、規則正しく点滅していた。通常ならただの稼働ランプ。しかしその瞬間、三人には別のリズムに見えた。まるでどこか遠くの時空と同期し、瞬きを交わしているかのように。
AIの声が、かすかに揺らぎながら響く。
《……観測は続いています……多元層、干渉率上昇……》
三人は顔を見合わせた。言葉は交わさなかったが、互いに同じ直感を抱いていた。
――この艦は、ただの記録装置ではない。別の世界線へと接続している。
窓の外、東京湾の水面が淡く揺れた。
波間に映る《大和》の影が、一瞬だけ二重に見えた。片方は、彼らが知る共和国の象徴としての大和。もう片方は、史実の彼方で一度沈んだはずの幻影としての大和。
美咲は思わず息を呑んだ。
「私たちは……いまも別の日本と繋がっているのね」
悠人は拳を握りしめた。
「だとしたら、俺たちの選択は無駄じゃない。どの川を辿るかは、これからの時代に委ねられている」
達哉は静かに頷き、外の水面に視線を戻した。
その揺らぎはすぐに消え、再びただの夜の海へと戻った。
だが三人は確信していた。
――物語はここで終わりではない。
――もうひとつの世界線が、彼らの歩む道のすぐ隣で、絶えず脈打ち続けている。




