第87章:時空の歪みの再発生と帰還への仮説
斎藤三尉からの報告は、そうりゅう艦橋に新たな波紋を広げた。
沖縄と九州の中間地点、かつて戦艦大和が轟沈したポイントで、再び時空の歪みが検知されたという事実は、そうりゅう艦長にとって、単なる偶然ではなかった。彼の脳裏には、厳密な科学的裏付けに基づく帰還への仮説が、確信へと変わりつつあった。
「斎藤三尉、もう一度、波形の詳細データとエネルギーレベルをクロスチェックしてくれ」そうりゅう艦長は、冷静な声で指示した。「特に、前回の転移時との一致度を定量的に確認したい。わずかな差異も見逃すな」。
斎藤三尉は、素早くキーボードを叩き、ディスプレイに複雑な数式とグラフを表示させた。彼女は、そうりゅうに搭載された高精度センサーと、転移直前に「まや」から得られた膨大な時空データ、そして米軍の原子時計から得られた正確な時間情報を基に、独自の分析アルゴリズムを開発していたのだ。
「艦長、前回の転移時に観測された『特異点』の時空連続体におけるパターンと、今回のデータは98.7%の精度で一致しています」斎藤三尉は、興奮を抑えきれない声で報告した。「エネルギーの収束点、歪みの位相、そしてその振幅、全てが驚くほど酷似しています。このレベルの一致は、単なる偶然ではありえません。まさに、同じ現象が正確な時空間座標で再現されつつあることを示しています」。
彼女はさらに続けた。「私たちの分析では、時空の歪みは、特定のエネルギー密度と位相が集中することで発生する**『共鳴現象』に近いと考えています。ちょうど、特定の周波数の音波が物体を共鳴させ、破壊するのと同じ原理です。
前回、私たちとロナルド・レーガン、そして『大和』や『まや』が転移したのは、その『共鳴点』に偶然居合わせたためです。そして、今回その『共鳴点』が同一の時空間座標で再び生成され始めている**。これは、まるで、宇宙が私たちを元の位置に戻そうとしているかのような、自己修正的なメカニズムが働いている可能性を示唆しています」。
そうりゅう艦長は、深く頷いた。彼の仮説が、科学的な裏付けを得ていく。
「つまり、その**『共鳴点』が最大に達する瞬間に、我々がその『特異点』に存在していれば、元の時代へと『引き戻される』**と?」副長が、理詰めで確認した。
「その可能性が極めて高い、と判断しています」斎藤三尉は断言した。「時空の歪みが収束し、再び時空連続体に『穴』が開くその瞬間に、適切な慣性座標と質量エネルギーを保持していれば、歪みが収束する過程で元の連続体へと移行するはずです。例えるなら、歪んだゴム膜が元の状態に戻ろうとする際に、その膜上にあった物体が元の位置に戻るようなものです」。
そうりゅう艦長の脳裏では、斎藤三尉の科学的説明が、確固たる**「帰還への確信」へと昇華されていた。
物理的な波形の一致、エネルギーの位相、そして時空連続体の自己修正メカニズム。これら全てが、一度開いた時空の扉が、再び同じ場所で開閉しようとしていることを示していた。
それは、「もし、その瞬間に我々がそこにいれば、元の時代に戻れる」**という、希望に満ちた方程式だった。