第118章 影の記憶
高度成長の光景が霧のように消えると、三人は再び静かな接続室に立っていた。だが心には、どうしても拭えないざらつきが残っていた。
三井悠人が口を開いた。
「新幹線も、高速道路も、東京オリンピックも……すべて史実とは異なる。僕らの共和政日本では別の道を歩んでいたはずだ。科学技術同盟でエネルギー政策はもっと早く変わり、宇宙開発にも力を注いでいた。なのに、ここにはその痕跡がまるでない」
岩崎達哉も苦笑した。
「まったくだ。俺の知っている三菱の後継企業群は、アメリカとの共同造船計画で早々に世界航路を独占した。だが、今見せられた映像では旧来の“財閥系列”がまるで当然のように生き延びている。これは俺たちの現実じゃない」
住友美咲は沈黙していたが、やがて小さく頷いた。
「……私が覚えているのは、公害問題が表面化するより前に、共和政政府が厳格な環境基準を導入した歴史。あのままなら、四大公害病は起きなかった。けれど、ここでは史実通りに人々が苦しんでいた」
三人の胸に冷たい疑念が広がる。
悠人が低く呟いた。
「これは誰の記録なんだ? 俺たちが生きてきた歴史とは違う。けれど、細部の正確さはただ事じゃない」
その瞬間、艦内のAIの声が一瞬だけ割り込んだ。
《観測層……多元記録……》
まるで通信が乱れたかのように音声が途切れ、すぐに沈黙に戻った。
美咲はその言葉を反芻する。
「“多元記録”……? つまり、いくつもの歴史が同時に存在しているというの?」
答えは返らない。だが三人は理解し始めていた。
――自分たちは、ただ過去を追体験しているのではない。
――“あり得た別の日本”を、誰かの記憶装置を通じて覗き込んでいるのだ。
不安は恐怖へと変わり、恐怖は次第に確信へと近づいていた。




