第108章 明治の礎
視界が白く明滅し、三人の前に現れたのは文明開化の東京だった。
瓦屋根の街並みにガス灯が灯り、洋装に身を包んだ人々が行き交う。蒸気機関車の汽笛が遠くから響き、まだ土埃にまみれた首都の空に「近代」の匂いが漂っていた。
三井の視点
三井悠人は、日本橋の近代的な建物に立っていた。そこは新設された「三井銀行」の本店。
帳場には近代式の机と椅子が並び、西洋仕込みの簿記帳が積まれている。洋服を着た若い行員が「利子」「債権」「株券」といった新しい言葉を口にしていた。
その中心に立つのは、三井家の後継者。
「国家に信用を与えるのは貨幣の安定だ。我らが銀行は民間の利益に留まらず、日本の近代経済を支える礎となる」
悠人は、日々金融市場で短期的な数字に追われる自分を思い、深い衝撃を受けた。
「祖先は“社会全体の信用”を視野に入れていた。自分の仕事は、その理念の断片にすぎないのか」
三菱の視点
岩崎達哉の目の前には、横浜港のドックが広がった。
蒸気船が黒い煙を吐き、岸壁には西洋人の商人や外交官が行き交っている。岩崎弥太郎が設立した「三菱商会」が、近代国家の物流と外交を担い始めていた。
弥太郎は海図を広げ、社員に向かって語る。
「船は国の血管だ。鉄道が陸を繋ぐなら、海運は世界を繋ぐ。我らは政府と共に、大日本を世界に運ぶ」
その背後には、すでに政府高官との太い繋がりが見えていた。達哉は苦笑した。
「俺は独立を夢見てベンチャーを始めた。でも祖先は、国家と一体化して巨人となった……。この“国家依存の起業”をどう受け止めればいいのか」
住友の視点
住友美咲の視界は、瀬戸内の鉱山地帯に移った。
坑道からは汗にまみれた鉱夫たちが鉱石を運び出し、精錬所では白煙が空を覆っていた。近代国家の建設に必要な銅を、住友鉱山が供給していた。
現場を監督する住友吉左衛門は、鉱石を手に取りながら語る。
「純度の高い銅は武器だけでなく、電線にも使える。これからの時代は電気だ。品質を守ることが国を進ませる」
美咲は胸を打たれた。
「私が研究室で追うのも、やはり“素材の純度”。祖先はすでにそれを“文明の血管”として理解していた……」
三つの交差
AIの声が三人の耳に響く。
《明治の礎は、国家と資本が手を取り合うことで築かれました。三井は金融、三菱は海運、住友は資源。いずれも近代化の核心を担い、やがて“財閥”と呼ばれる存在へと成長していきます》
視界に重なるのは、万国博覧会の光景。洋装の政治家と財閥の後継者が並び立ち、「日本も列強の仲間入りを果たす」と語り合っている。
三人の胸に、誇りと同時に不安が去来した。
――祖先の築いた富と権力は、未来を照らす光なのか、それとも次なる戦火への燃料なのか。
視界は揺らぎ、次なる時代、帝国が世界へ拡大していく影が立ち上がった。




