第103章 近未来の問い
視界が切り替わった瞬間、青年は異様な静けさを覚えた。
そこは数年先の東京だった。だが、街のスクリーンには株価暴落と気候危機のニュースが並び、駅前の広場では食料価格の高騰に抗議する人々が声を上げていた。
AIが低く囁く。
《近未来、社会は再び不安に覆われています。人々は新しい“拠り所”を求め、血統の物語もまた、その候補のひとつに浮上するのです》
群衆の中で、若者がスマートフォンを掲げ、SNSでライブ配信をしている。コメント欄には賛否が飛び交っていた。
――「やっぱり歴史の家系を復活させるべきだ」
――「もう血なんて関係ない。制度で解決すべき」
青年は目を細めた。
「祖先の物語が、再び政治の議題に戻ろうとしている……?」
場面は議会に移る。討論の議題は「国民統合の象徴の必要性」だった。AIの解説が重なる。
《共和制のまま進む未来と、“象徴”を再導入する未来。議論は現実の政治課題となりつつあります》
議員の一人が立ち上がる。
「グローバル化の中で、日本人としての共通のアイデンティティが揺らいでいる。歴史ある血統を再び象徴として用いることは、国民をつなぐ力となる!」
反対側の議員が声を張る。
「そんな過去の残滓に頼る必要はない! AI時代のアイデンティティは、血ではなく知識と多様性に基づくべきだ!」
議場は騒然とし、傍聴席では賛否が入り乱れた。
青年は胸を押さえた。
ここで再び、祖先の名が「拠り所」として引き合いに出されている。それは誇りでもあり、重荷でもあった。
場面が変わる。
災害に見舞われた地方都市。避難所の片隅で、老人が孫に語りかける。
「昔は天皇が国をまとめてくださったんだよ」
その言葉に、孫は不思議そうな顔をしながらも静かに頷く。
AIが囁く。
《非常時、人々はしばしば“物語の原点”に戻ろうとします。血統の記憶は、その象徴として再び呼び出される可能性があるのです》
青年は震えを覚えた。
「再び旗にされるのか? それとも、物語の担い手として新しい役割を与えられるのか?」
視界に、デジタルアーカイブの映像が浮かぶ。そこでは若者たちがVRで古代から現代までの皇統史を体験している。
「これが僕らのルーツだ」
「いや、もう歴史の教材にすぎないよ」
意見は分かれるが、少なくとも血統は完全には忘れられていなかった。
AIの声が静かに響く。
《血統は、未来において“必要だから残る”のではなく、“問われ続けるから残る”のです》
青年はその言葉を胸に刻んだ。
社会が不安定になるたび、血統は呼び出され、批判され、利用され、消費される。それは呪縛でもあり、再生の可能性でもある。
視界が暗転し、AIが告げる。
《次にあなたが見るのは、2025年。あなた自身が、この長い物語を受け継ぐ担い手として登場する場面です》
青年は深く息を吐いた。
祖先の歴史は終わっていない。むしろ今、自分の選択によって次の章が始まろうとしている。




