第99章 バブルと観光国家
視界に広がったのは、ネオンが眩しく輝く1980年代の東京だった。超高層ビルが林立し、株価の数字が電光掲示板に踊る。街にはブランド品を抱えた若者たちが溢れ、ディスコの音楽が夜空を震わせていた。
AIの声が囁く。
《経済が熱狂に包まれるとき、人々は“伝統”をも商品として消費します。血統もまた、この時代に観光とブランドの対象へと変わりました》
青年の目に、観光パンフレットが映る。そこには旧皇族の邸宅が「迎賓館」として一般公開され、庭園や茶室が観光客で賑わう姿があった。
着物姿のガイドが説明する。
「ここはかつて、皇族が住んでいた場所です。格式ある建築と庭園をお楽しみください」
観光客は写真を撮り、土産物屋で“菊花紋章”を模したキーホルダーを買い求めている。
青年は苦笑した。
「祖先の象徴は、ついに観光資源にまでなったのか」
場面が変わる。ホテルの大広間。結婚式のプランに「元皇族の血筋を引く人物による祝詞」が組み込まれている。
青年は目を見開いた。華やかな会場で、元皇族の末裔がスーツ姿で壇上に立ち、穏やかな声で日本の伝統と家族の絆を語っている。
拍手が起こり、新郎新婦は「ブランドとしての伝統」に祝福されている。
AIは冷静に解説する。
《血統はもはや制度ではなく、文化資本です。人々は“由緒ある血”を直接求めるのではなく、“体験”として消費するようになったのです》
さらに場面は京都の古都へと移る。
寺社の境内で、元皇族の血筋を持つ文化人が茶会を開いている。外国人観光客は熱心に写真を撮り、「皇室の末裔が点てた茶」として誇らしげにSNSへ投稿していた。
青年の胸に複雑な思いが広がる。
「血統は神話から制度へ、制度から象徴へ、象徴から観光へ……常に変形しながら利用され続けている」
AIは低く告げる。
《バブル経済の熱狂は、伝統をも軽やかに消費しました。だが、その軽さの中で、血統は“再び社会の中に居場所を得た”とも言えます》
次の場面。銀座のギャラリーで、元皇族の画家が個展を開いている。訪れた観客は作品の価値以上に、その「血筋」に付加価値を見いだし、絵を高値で買い求める。
青年は息を吐いた。
「これは……生き延びるための適応なのか、それとも堕落なのか」
答えはすぐには出なかった。
だが彼の目には、血統が「観光とブランド」としてもなお、人々の関心を惹き続けている現実が刻まれた。
夜の東京タワーが光り輝く。観光パンフレットには「古都と皇統の物語」と題されたツアーが印刷され、外国人観光客が列を成している。
青年は悟った。
「血統は権力を失い、制度を失い、やがて商品となった。それでも、消費されることで記憶は続いていく」
視界が暗転する。
AIの声が次を告げる。
《次にあなたが目にするのは、失われた三十年。経済の停滞の中で、血統は“懐古と批判”の対象へと変わっていきます》
青年は深く息を吸った。
血統の歴史は、もう「滅び」では終わらない。常に形を変え、人々の欲望に応じて姿を変えてきた――その事実が、彼の胸を重くも確かなものとして打ち込んでいた。




